2012.09.01

Ana & Viktor Vidovic Raft house(たまにはクラシックスカヤ)


今日は月がまん丸いです。秋ですね。
会社の女の子に「WordPress」の本を貸したら、彼女それでバンバンやりだして、返して貰いにくくなって、また別の「WordPress」の本を買ってしまいました。ですが、本当にWordPressを勉強したいのかどうかよく分らない今日この頃。

| | コメント (0)

2010.02.22

バッタ屋で500円で買ったようなギターの最高に切ない演奏をバックに歌うマキさんの歌へのオマージュ

朝日楼。バッタ屋で500円で買ったようなギターの最高に切ない演奏をんバックに歌うマキさんの「朝日楼」は渡を越えてると思う。一時、どっかのライブの「やだね〜」なんてマキさんの声が聞こえる歌、そればっかり聴いてたときがあった。ギターは誰の演奏だろう。あんな安い音でありながら、魂のこもった演奏はそうざらにはないと思う。青春の一ページだね。遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (0)

2010.01.25

フォークの夜明け?

これが、日本におけるフォークの始まりだと思う。諸説、様々あるけれど、僕はこの曲が日本におけるフォークソン具の原点だと思う。不満ののある方、レスたくさん待ってます。

| | コメント (0)

2010.01.20

正義と微笑みだったかな〜

何かを決意すると、世俗的なものがバカバカしくなってくる。
のめりこめば込むほど、孤独になっていく。
そして必然、微笑みは無くなり、
尖って、尖って、
「俺が、俺が…」という世界にはまっていく。
周りがみんなタヌキに見え、
誰もがケンカを売ってるように思えてくる。
一見それは、悪いようだが、そうだろうか。
しばらくそんな自分を受け入れて、
どうなるか自分を見守ってみようと
おもう。
ねえ、太宰さん!

| | コメント (0)

2008.04.13

『年輪・歯車』に思う

高田渡の歌に『年輪・歯車』というのがある。『年輪』という有馬敲の詩と『歯車』という山之口貘の詩をくっつけた変わった歌だ。前者は「ふと彼に出会って…ふとキスされて…ふと彼が好きになって」、そして最後にはひとりぼっちになったことを感じる。後者は「靴にありついてほっとして…ホッとしたかと思うとズボンがボロボロ。そしてズボンにありついて」最後には元に戻るという詩だ。人生はまわりまわって元に戻るというような、人生の悲哀がその二つの詩には共通していて、渡の目はそのことを偶然の一致の出会いのように喜んで、多分歌にしたのだと思う。その悲哀を陽気に歌って笑い飛ばすかのような渡の歌が好きだった。そして最近それらの詩に、すこし違う意味を見い出した。『座布団』ではないが、安楽を求めて、あるいは自分の居場所を求めて、人はあくせくその空間を広げ働き、生活する。そしてやっと落ち着いて、一杯酒でもやろうかなんて思っても、そんなのも長く続かない。また自分の座ってる居所がなくなっていることに気付いて、その恐怖にお尻を叩かれてまた、自分の居場所を広げようとあくせく頑張らなくてはいけないのだ。それが繰り返し続くのが人生、ととらえるのか、あるいは人生とは常に戦いの連続であり、それを止めてしまうことの警告なのか。今ある場所に安住しよう思ったとたん、受け身になり守りに入る。そこから腐敗は始まり、自分の居場所がなくなるまでそれに気付かない。そしてまたそれによって次の上着を求めて、心を入れ替える。たまには涙を流し…。その涙が実は生きてる証なのかな。なんて、この歌に前向きな意味を感じる今日この頃。

| | コメント (0)

2008.01.10

偶然の一致だろうか

そもそも何故本が無性に読みたくなったのかといえば、ひと月くらい前だったろうか、仕事のことである人に大いになじられたというか批判された。そして2週間もしないうちに、今度は近所の知り合いのおばさんに批判された。たまたまなのだろうか、それとも偶然の一致か、大いに傷つき大いに悩んだ。それで、「批判」というキーワードで検索してみた。そして発見したのが「選択理論」だった。

| | コメント (2)

2008.01.08

思考の穴

本を読むことは良いことだ。本を読まないと考えることしない。本を読むといろんな思考の穴に落ちる。それが考えるきっかけになり、そこから日常の問題が浮かび上がってくる。それが前進するエネルギーになるし、毎日がとても充実してくる。

| | コメント (0)

2007.03.13

分かち合う

出がけに、今年はじめてのウグイスの声を聞いた。のどかなり。出社前の、緊張感を解く癒しのひととき。そんなものをたくさん集めて今日に感謝しよう。写真談義もできたし、ミシシッピ・ジョンハートのCDも借りられた。しいたげられたものへ愛情を注ぎたい、愛でたい、分かち合いたい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.02.10

もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に

曲をつけてもらったお礼に、その子ために自選CDのプレゼントを思いついた。彼女の趣味はそんなには知らないけれど、まったくよけいなお世話の全くお世話様なのだが、押しつけのおじさんのわがまま CDをつくった。今の気分の選曲で。渡中心で選んだ70年代の日本のフォークシーン。どんな風にきくのだろうか? 僕に語れるのは、どんな気持ちでそんな曲を聴いたのかだ。タイトルは「誰も聞かなかったフォークソング集」選んだ曲は1.失業手当(クビだ)高田渡(bestLive)から2.69高田渡(bestLive)から3.こいつは墓場にならなくちゃ.(日本来た外国詩)4.ものもらい.高田渡5.あげます.のこいのこ(1970フォークジャンボリーから6.これが僕らの道なのか.五つの赤い風船7.ふる里の言葉は.五つの赤い風船8.もう終わりさ.朝比奈逸人9.私の自転車.10.絵葉書.友部正人11.かんしゃく玉.佐藤博12.風太の失恋.青木ともこ13.ライ・ウイスキー.朝比奈逸人.14.ガムをかんで.ディランセカンド.15.うたを歌って.朝野由彦16.生活の柄.高田渡17.Teach Your Childen.田中亜矢といった具合。今の気持ちに素直になって選んだ曲達です。70年代の雰囲気が彼女の少しでも伝わればいいな〜。たまたま彼女の話する機会があった。夢を追いかけることと、現実の狭間に…。いつの時代にもありそうな問題だ。僕にとって青春を語るしかあるまい。僕の青春は挫折、暗澹、閉塞、はみ出しからはじまった。そんな気持ちをストレートに表現する奴らがいた。それは高田渡をはじめとするフォークだった。金子光晴を知り、山之口貘を知り、ラングストンヒューズを知った。そして僕に重ね合わせて考えることを感じ、考えることを学んだ。そのことを語るしかあるまい。押しつけではなくそれが彼女への未来への答えになってくれたなら。もし興味をもってくれたらのvo.1なのである。もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006.10.18

「孤独でありたい」と思うこととと「人に好かれたい」と思うことの間

いじめを苦にして自殺したニュースとも関係のあること。かつて岡本太郎は絵を描くとき「嫌われるように描いている」と、「結果それが人に受け入れられればそれで良い」とも。そんな生き方はかっこいい。そして誰にも組しないで、一人自分の感性を主張したい。そんなとき特に僕は孤独と親しみたい。そしてそれに耐えうるように強く生きたいとも思う。しかしもう一方では、「一人では生きられないのだ」とも思う。そんな時は自分に自信がないときだ。僕はその間を行ったり来たり、振り子のように揺れ動いている。そしてこんなふうに思うこともある。場末のキャバレーに行って慰められたいと。

| | コメント (1) | トラックバック (0)