2008.04.13

『年輪・歯車』に思う

高田渡の歌に『年輪・歯車』というのがある。『年輪』という有馬敲の詩と『歯車』という山之口貘の詩をくっつけた変わった歌だ。前者は「ふと彼に出会って…ふとキスされて…ふと彼が好きになって」、そして最後にはひとりぼっちになったことを感じる。後者は「靴にありついてほっとして…ホッとしたかと思うとズボンがボロボロ。そしてズボンにありついて」最後には元に戻るという詩だ。人生はまわりまわって元に戻るというような、人生の悲哀がその二つの詩には共通していて、渡の目はそのことを偶然の一致の出会いのように喜んで、多分歌にしたのだと思う。その悲哀を陽気に歌って笑い飛ばすかのような渡の歌が好きだった。そして最近それらの詩に、すこし違う意味を見い出した。『座布団』ではないが、安楽を求めて、あるいは自分の居場所を求めて、人はあくせくその空間を広げ働き、生活する。そしてやっと落ち着いて、一杯酒でもやろうかなんて思っても、そんなのも長く続かない。また自分の座ってる居所がなくなっていることに気付いて、その恐怖にお尻を叩かれてまた、自分の居場所を広げようとあくせく頑張らなくてはいけないのだ。それが繰り返し続くのが人生、ととらえるのか、あるいは人生とは常に戦いの連続であり、それを止めてしまうことの警告なのか。今ある場所に安住しよう思ったとたん、受け身になり守りに入る。そこから腐敗は始まり、自分の居場所がなくなるまでそれに気付かない。そしてまたそれによって次の上着を求めて、心を入れ替える。たまには涙を流し…。その涙が実は生きてる証なのかな。なんて、この歌に前向きな意味を感じる今日この頃。

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2008.01.10

偶然の一致だろうか

そもそも何故本が無性に読みたくなったのかといえば、ひと月くらい前だったろうか、仕事のことである人に大いになじられたというか批判された。そして2週間もしないうちに、今度は近所の知り合いのおばさんに批判された。たまたまなのだろうか、それとも偶然の一致か、大いに傷つき大いに悩んだ。それで、「批判」というキーワードで検索してみた。そして発見したのが「選択理論」だった。

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2008.01.08

思考の穴

本を読むことは良いことだ。本を読まないと考えることしない。本を読むといろんな思考の穴に落ちる。それが考えるきっかけになり、そこから日常の問題が浮かび上がってくる。それが前進するエネルギーになるし、毎日がとても充実してくる。

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2007.03.13

分かち合う

出がけに、今年はじめてのウグイスの声を聞いた。のどかなり。出社前の、緊張感を解く癒しのひととき。そんなものをたくさん集めて今日に感謝しよう。写真談義もできたし、ミシシッピ・ジョンハートのCDも借りられた。しいたげられたものへ愛情を注ぎたい、愛でたい、分かち合いたい。

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2007.02.10

もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に

曲をつけてもらったお礼に、その子ために自選CDのプレゼントを思いついた。彼女の趣味はそんなには知らないけれど、まったくよけいなお世話の全くお世話様なのだが、押しつけのおじさんのわがまま CDをつくった。今の気分の選曲で。渡中心で選んだ70年代の日本のフォークシーン。どんな風にきくのだろうか? 僕に語れるのは、どんな気持ちでそんな曲を聴いたのかだ。タイトルは「誰も聞かなかったフォークソング集」選んだ曲は1.失業手当(クビだ)高田渡(bestLive)から2.69高田渡(bestLive)から3.こいつは墓場にならなくちゃ.(日本来た外国詩)4.ものもらい.高田渡5.あげます.のこいのこ(1970フォークジャンボリーから6.これが僕らの道なのか.五つの赤い風船7.ふる里の言葉は.五つの赤い風船8.もう終わりさ.朝比奈逸人9.私の自転車.10.絵葉書.友部正人11.かんしゃく玉.佐藤博12.風太の失恋.青木ともこ13.ライ・ウイスキー.朝比奈逸人.14.ガムをかんで.ディランセカンド.15.うたを歌って.朝野由彦16.生活の柄.高田渡17.Teach Your Childen.田中亜矢といった具合。今の気持ちに素直になって選んだ曲達です。70年代の雰囲気が彼女の少しでも伝わればいいな〜。たまたま彼女の話する機会があった。夢を追いかけることと、現実の狭間に…。いつの時代にもありそうな問題だ。僕にとって青春を語るしかあるまい。僕の青春は挫折、暗澹、閉塞、はみ出しからはじまった。そんな気持ちをストレートに表現する奴らがいた。それは高田渡をはじめとするフォークだった。金子光晴を知り、山之口貘を知り、ラングストンヒューズを知った。そして僕に重ね合わせて考えることを感じ、考えることを学んだ。そのことを語るしかあるまい。押しつけではなくそれが彼女への未来への答えになってくれたなら。もし興味をもってくれたらのvo.1なのである。もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に。

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2006.10.18

「孤独でありたい」と思うこととと「人に好かれたい」と思うことの間

いじめを苦にして自殺したニュースとも関係のあること。かつて岡本太郎は絵を描くとき「嫌われるように描いている」と、「結果それが人に受け入れられればそれで良い」とも。そんな生き方はかっこいい。そして誰にも組しないで、一人自分の感性を主張したい。そんなとき特に僕は孤独と親しみたい。そしてそれに耐えうるように強く生きたいとも思う。しかしもう一方では、「一人では生きられないのだ」とも思う。そんな時は自分に自信がないときだ。僕はその間を行ったり来たり、振り子のように揺れ動いている。そしてこんなふうに思うこともある。場末のキャバレーに行って慰められたいと。

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2006.09.25

判で押したような毎日

毎日同じ時間に起き、同じ電車に乗って会社へ行く。ここのところは、同じ時間に退社して、家に着くとすぐ走る。とりあえず78日間続いている。特に体重に変化は無い。なので当然ダイエットのモチベーションは上がらない。ご飯を食べて、風呂に入り、気が乗ればblogoの記事を更新する。と、大体は毎日こんな具合。だからと言って、必ずしも悪い意味ではない。何かの記事にイチロー選手の体調管理のことが書かれていた。体調を維持するため、6年間、毎日お昼におなじ店の同じピザを同じ量だけ食べたという。たいしたものだ。判で押したような生活をしても、毎日、同じ精神状態であることはむずかしい。仕事でミスをしたり褒められたり、けなされたり、むしされたり、いろんなことがある。それを何事もなかったように、振る舞うのはなかなか大変だ。仕事はチームワークが基本であるから、出来るだけ周囲に不快な気にさせないように気を使っているつもりである。毎日毎日カタツムリのように前進するしかない。それが時には情けなくなることもある。まあ、だいたいこんな平凡な日常を送ることはやぶさかではないが、ただ一つ休日の過ごし方に不満が残る。

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2006.01.05

はじまりとおわり

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長い休みが続いた後は、特に会社へ行きたくない。登社拒否一歩手前だ。それでゆっくりエンジンがかかるという感じならいいんだけど、いきなり難問続出なんて具合になると、もう大変。それでもへとへとになって夕方になって、その時間も過ぎ、なんとか退社時間になると、そんな一日にもなんとか満足できて、家路につく。あしたからまたなんとかつなげなれそうだな、とほっと思う瞬間でもある。一日のはじまりと終わり、一週間のはじまりと終わり、一年のはじまりと終わりにそんなことを感じる。人生のはじまりと終わりにも同じ事を感じるのだろうか。生まれるときに赤ん坊が泣くのはそんな事? 人が老いて死んで行くときには、そんなふうに死んで行く? 僕は輪廻を信じている。

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2005.12.11

シモーヌ・ヴェイユと『池袋ウエストゲートパークII(少年計数機)』のミナガワの生い立ちと俺の仕事について

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新聞のコラムにこうあった。フランスの思想家シモーヌ・ヴェイユは25歳の時、労働者の実態を体験したいという望みから、あえて未熟練工として工場で働いたらしい。しかし四六時中、監視され罵倒される環境は、自身を「奴隷」と思わせてしまうほど、彼女の精神を変化させた。それでも働き続け、工場体験を終えた翌年、「わたしは、やがて自分がなんとか自分を取り戻せる日まで、こういう生活を耐え忍ぼうと自分で誓いを立てた」とある婦人に手紙を書いている。

『池袋ウエストゲートパークII(少年計数機)』の『水のなかの目』という章に出てくる主人公を守るボディ・ガードのミナガワが自身の生い立ちを語る部分がある。彼のニックネームは「肉屋」。地方の街で、子だくさんの漁師の子として生まれた彼は、中学を卒業して隣町の肉屋へ就職した。朝一番で店を開け、昼間は店番、夜は店を閉めた八時から次の日に店に並べる肉をさばく。ボーナスが年一回でて、店主はスズメの涙のようなそのボーナスを払う嫌さ一心で小僧を徹底的にいじめ抜く。商売ものに傷をつけるつけるたびに、包丁の柄で頭をどやしつけられた。そんなこんなでも二年もそこで我慢したらしい。そしてボーナスを手にしたが、そのおかげで、小指がつぶされ、右目もつぶされたと。実家で、紅白歌合戦を見てると怒りが湧いて来て、店に戻ってその主人をフックに吊るして……。中略、それから家に帰って紅白の続きを見て、おまわりに補導されたときには正月になっていた。

今でも、それに近いことはそこらじゅうにあるに違いない。劣悪な労働環境と格闘し、「内面」では「自己の尊厳」を確立することは、誰人も侵すことができない。逃避しそうな自身を変えない限り同じことで悩まなければいけないし、今いる現実のあれやこれやが人生のすべてなのだ。な〜んちゃって。


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2005.12.06

告白のスタイルとしての小説

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今、読んでる小説のなかにこんなことが書いてあった。

「ねえ、なぜあなたたちのところに、ちいさな子どもまで集まってくるのかしら」
その答えはおれでもできる。京一の顔からは感情が消された。
「ガキどもには、モデルがない。身近なところに目標になる大人がいないし、夢も見せてもらえない。おれたちはモデルと絆を用意する。自分が必要とされている充実感、仲間に歓迎を受ける喜び。規律と訓練。今の社会では得られないものを、力をあわせ見つける」と。

今の大人たちが目標とされるかということではなくて、あの頃の自分の目標だった人のことを思い出した。ものごごろつく頃、気付いたら僕は世間からはみ出ていた。それでもはみ出ている人を目標にすることなら出来そうな気がした。たとえば、耳を切ったゴッホ、アル中のユトリロ、貧乏で死んだモジリアニ。そんなはみ出ていた大人たちを目標にして、今までなんとかここまでやってこれたような気がする。

小説をかくということは、告白だ。あらゆる種類の告白だ。自分のことを話すときの恥ずかしさ。なのでそれは物語によって語られる。そんな様式なのだろう。
あたりまえか。

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2005.11.08

ポップアートと恋愛小説

第二次世界大戦がはじまって、芸術の舞台はパリからニューヨークへと移った。パリで活躍していたアーチストたちが次々、ニューヨークへと移住しはじめたからだ。かつて風景画といえば、パリの裏町か郊外の田園風景であった。しかしニューヨークに移り住んだ彼らにとってそれは摩天楼の風景であり。スーパーマーケットに並ぶキャンベルスープの缶であり、ミッキーマウスが登場するコッミクであったりそして、マリリンモンローが登場する映画であった。彼らは、そんな風景を描きはじめた。そして奇妙な絵画が出来上がった。はたしてそうやって出来た絵は絵であるのか? 誰も彼も問いはじめた。いったい絵画ってなに? とこうなる。絵を描く意味が急にクローズアップされた。そしてそれはおそらく、絵画の要素のひとつ一つを突き詰めて行く方向に向かったのだと思う。例えば、フランク・ステラに代表されるようなミニマルアートに。あるいはジャクスン・ポロックに代表されるような、抽象表現主義に。そのほかにもあるかもしれない。色や形だけの面白さを追求し、その他の意味が介入することを拒絶するとどうなるのか? 絵画は実験をやめなかった。それがコップの中の嵐と呼ばれるような、行き詰まりを呈した。描く楽しさはどこへいった? そこから本当の意味の絵画は? という具合に、今まさにこれからこそが絵画にとって新しいステージなるのだと思われる。

それをふまえて、現代の恋愛小説のことを考えると、それと似通っていて非常にわかりやすいのではないかと思ったのである。ごひいきにしているある人が今、短編恋愛小説を毎日書いている。最近、それを読ませてもらっている。時代とともにもちろん恋愛のスタイルも変わる。かつて田園風家を描いていた画家たちがポップアートの作家たちのように、彼らにとっての恋愛を描くようになった。当たり前だけど。でもそれは当然、ポップアートの作家たちのように「それははたして小説なのか? 文学なのか?」と批評にさらされることになるのだ。確かに新しい、例えば彼女がだと思っていた人が実は人妻だったり。あるいは女性専用車両で見つけた同性愛とか。これからの恋愛の新しいスタイルはいくらでもある。

ちょっと、考えてることと、書くことがずれてきそうなので、この続きは、もうちょっと考えてから書くことにする。

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2005.11.07

あんまり空が青いので

むかし観た映画のことが思い出された。『草原の輝き』。ナタリー・ウッドが出るやつ。あんまり空が青く高いとむなしくならないか? 彼女は映画の中で自殺する。命が吸い込まれて行くように、空は高く青く輝いていた。そしてアイツもちょっと見つめられないくらい、まぶしく輝いているのだった。MISS-TOMOさん風に書いてみました。

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2005.05.24

よっぱらいのひとりごと

分業化が進んで、コピーライターが活躍した時代なんですかね。横尾さんとかが天井桟敷のポスターとかかいてた時代ですか? 平野甲賀さんとか。あの頃のガロにのってた人たちは、いま活躍してますね。たむらしげるさんとか安西水丸さん佐々木マキさんとか。でも分業化が進んでデザイナーという職能は今は必要なきに等しいぐらいになってしまいましたけれど、彼らはそういう部分も持っていたマルチな人間だったように思います。いわばルネサンス期みたいに。万能というか。総合的というか。

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2005.03.09

ひとりごと

どうせ○○してもらえないなら、
せいいぱい、おもいっきり
自分なりのところを
やらせていただきます。
最初から○○してもらおう
なんて全然考えずにネ。

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2004.11.01

向日葵と秋

夏のあいだ
太陽を慕って
必死に咲いていた
向日葵は
深く頭を垂れて
死んでいった
そんなにとには
おかまいなく
秋は通り過ぎていく
振り返らず
もう帰ってはこない
夏をおいかけていったのか
僕にはわからない
また模様のように
やってはこない

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2004.09.23

多様性を認めるということ

 「センセイの鞄」のツキコさんは37歳の独身女性。相手はかつての高校時代の国語教師。30歳以上も年が離れている。普通とはちょっと違うパターンだ。だがそういう恋愛もあっていい。というかそういう恋愛こそ美しいと感じた。人間の多様性を認めることが大事なんだと。一定の型にはまった存在ではなく、それぞれの個性が、他者に対して価値を及ぼしていくことが出来るということは美しい。そこには異なるものを排除する精神はない。文化の異なる人々を憎悪の対象として見ることをやめ、いろんな違いを受け入れていかなければ憎悪の連鎖は断ち切れないと思う。

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2004.09.06

秋はどこにある?

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何となく秋を感じる瞬間というのがある。たとえば寝る前にシンとなったときに聞く虫の音。もうすぐ暮れようとする空の雲。しかしいざその気になって秋を探すとなかなかない。まだ夏の終わりはたくさんある気はするのだけれど。こちらの感性が鈍いためかもしれない。

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2004.08.25

ひとりごと

 かつて時代の最新の思想家であり、先端の技術者でもあった輝かしいデザイナーという職能は分業化が進みオペレーター的な存在になってしまった。一方大美術ではコンセプチュアル・アートや、ミニマル・アート、もの派等といった流れが、閉塞的状況を生み絵画的な「楽しみ」を喪失してしまう。そのようななかから日比野克彦やタナカノリユキ等が「イラストレーション」を武器にデザインや絵画的な「楽しみ」を解放していった。絵を描きはじめた頃のように、そして彼らのように楽しみたいと思う。

 話は変わる。山岳系の本は面白い。TV番組も面白い。ガストン・レビュファの『星と嵐』は純粋に登山というかクライミングの楽しさを伝えている。それからウォルター・ウィンストンの『日本アルプス登山と探検』を読むと新島島から徳本峠越えをいつかはやってみたくなる。新田次郎の本なんか読むと、ちょっとした判断が生死を分けることを知らされる。

 また話は変わる。『日本の名随筆 別館86 少女 山田詠美—編』を読んだ。その中の佐藤愛子さんの随筆は紹介した。それぞれの作家書いた「少女」に関する随筆を集めたもので、自伝的な文章もある。有名な作家がある時期は、暗く無口だったがある時期が過ぎると霧が晴れたように快活になったと言うような話とか。吉田秋生の『櫻の園』の評とか。佐野洋子さんの話で、赤いハンドバックと黒いハンドバックがあって両方欲しかったこと。赤は愛らしく黒はシックであって、そのシックで知的な黒に未練たっぷりだったことなどが面白く書かれていた。

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2004.08.24

容量が88%になろうとしてるので

 ココログの容量が88%を超えた。違うblogに引っ越そうか、あるいは画像を小さくして続けようか悩むところだ。とりあえず、illustrationとeditorialの画像の気に入らない画像から小さくしようと思ってます。もし気に入った画像があったら今のうちに勝手に持っていってね。しかもリクエストがあれば、もしご自分でプリント出来るという環境の方、そんな解像度でメールの添付ファイルで送付致します。まあそんなきとくな人もいないか。忘れてください。ひとりごとということで。

 誰もレスできないような、話題。僕はアコーディオンが好きだ〜。自分が好きなアコーディオン奏者。3本指。竹田裕美子(現五つの赤い風船、元アーリータイムスストリングバンドのメンバー五つの赤い風船メンバー)、kumiko(チープチーパースのメンバーで高田渡のbestliveの69など演奏CHEAP CHEAPERS)、吉原リエ(最近、中川五郎と連んでいるrieaccordion
)。あの気持ちを引っ張るような音、まいいちゃうな〜。やはりアコーディオンはフォークソングには絶対欠かせないモノだと思う。僕の心は押されて押されてノビノビだ〜(なんのこっちゃ)。

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全然関係ないけど、近所の石神井公園。夏ももうすぐ終わりかな?

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2004.08.03

未来へのトリップの効果

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今、あるもので、将来なくなっていたらさびしく思うだろうものを考えることで、今、本当に大切なものが何かに気づく。悩んだり重荷に感じたりしているものほど、なくなってみると胸にぽっかり穴のあく思いがする。

それから、思い出に浸ることを恥じたコメントをしたらある人は、こんな言葉を教えてくれた。
記憶を思い出に置き換えて読んで欲しい。

「記憶のつくり方」 あとがきより
記憶は過去のものではない。
それは、すでに過ぎ去ったもののことでなく、
むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。
とどまるのが記憶であり、
じぶんのうちに確かにとどまって、
じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。

記憶という土の中に種子を播いて
季節のなかで手をかけてそだてることができなければ
ことばはなかなか実らない。
じぶんの記憶をよく耕すこと。
その記憶の庭にそだってゆくものが、
人生とよばれるものだと思う。

長田弘

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2004.07.29

今、無性に聞きたい歌、そして歌いたい歌。

今むしょうに聴きたい歌。
そして歌いたい歌。
サンフランシスコ湾ブルース。
クラプトン、PPM、ブラザースフォーのではなく、
武蔵野タンポポ団のヤツ。
そしていっしょにあるこよ吉祥寺の街をネっていうヤツ。

今、好きなイラストレーター。
沢田としき。
K2にいたんだよな〜。
大塚まさじのジャケットやりやがって。
「一輪の花」あれにはまいったよ。

今むしょうに読みたいたい本。
誰かが感想書いてた、
チャールズ・ブコウスキーの
『ありきたりの狂気の物語』

店員が在庫係よりも聡明だということなどありえるだろうか?
確かに店員のほうがいい服を着ている。
自分たちがとても重要な仕事を任されていると思い込んでいることが、
わたしの鼻についてならなかった。
自分が店員だったとしたら、
わたしも同じように思うのだろうか。チャールズ・ブコウスキー
「くそったれ!少年時代」から

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2004.07.15

まっぷたつの子爵3—善性と悪性とプラスとマイナスと—

 以前、『まっぷたつの子爵』の感想をかいた。悪い子爵と良い子爵、一人の子爵がまっぷたつに別れてしまうというお話だ。そして僕はこの両方とも必要なのだということを書いた。そして、読んだ心理学の本に、そのことに関連しているのではないかということが書かれていた。
 コップに水が半分あるとき、「まだ半分もある」と思うのがプラス思考であり、「もう半分しかない」と考えるのがマイナス思考だ。であるが、仮に自分が砂漠に一人残されてしまったときどう思うか。いつもプラス思考でいかないといけないと思って、「まだ半分も水がある」と認識してはいけないのだそうだ。そうゆう状況の場合は「もう半分しかない」と思う方が正解らしい。ポジティブ思考という風潮は人生の片面を強調しているにすぎないのだと。たとえば、良い子爵だけをみるということ。それはそれで、プラス思考にたったほうが楽しいし、いろんな局面を乗り越えられることもある。しかし、だからといってそれ以外の考え方を切り捨てるのはそれこそマイナスなのだと、その本はいっている。「リフレーミングは、ネガティブな見方をポジティブなものにすることを狙いとするけれども、それは単に慰めをこじつけるものではない。その本質は、見えなくなっているもの、見過ごされているものを、いかに見いだしていくかということにある。それはきはめてクリエイティブな作業であり、私たちがそこそこ快適に生きていく上での大事な知恵なのである」とあった。
 だから、善性と悪性、プラスとマイナス。どちらの考え方もありとする、そうした柔軟な考え方こそが、今の時代に求められているのではないだろうか?

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2004.07.14

するって〜となにかい

「するって〜となにかい、黒人は愛の歌を歌っちゃいけねーとでもいうのかい?」こんな気持ちで、ラングストンヒューズはこの愛の歌『失業手当』を歌ったに違いない。底辺にあるもの、きたないもの、よわいもの、名もないもの、道ばたの草、なんの変哲もない石ころ。そんなものにも愛を歌う権利はある。
 そういえば手塚治虫のマンガで『アディオス・ノーチェス』というのがあった。メキシコで生活する日本人の主人公の少年がある日馬に乗って遠出したときに、崖から落ちて足をくじいて動けなくなった。何日も動けないで喉が渇く彼を助けたのはサボテンだった。夜になると話しかけてくるそのサボテンに彼はノーチェス(夜)と名をつけた。サボテンは女性の姿になって自分の水分を与えつづけて、助けがくるまでそうやって彼を支えていた。そしてその後家族は日本へ帰る。父親は窓際族、主人公も学校でいじめにあう。そんなときに主人公にノーチェスの声が聞こえてくる。はるか遠いメキシコから考えられるあらゆる手段をつかいそのサボテンは歩けもしないのに主人公のもとにやって来るのだった。
 これは植物にも感情や愛はあるのだといのがテーマになっている。誰も見向きもしない道ばたに生えているただの草にも人を愛する気持ちはあるのだ。ましてやどんな職業に就いていようが、どんな家に住んでいようが人にもまた人を愛する気持ちはあるし、その重さは変わらない。地方の片隅で生活しいればこそできる愛のうたもある。
(↑う〜ん。なにをいおうとしてたんだっけ? 失敗。でもここまで考えたということで残すことにする。もうすこしあたためたらまとまるかもしれない。)

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2004.07.12

あっ

「短歌を作るために、何か感性をみがく工夫をしてますか?」と俵万智さんはよく質問されるそうだ。その答えは「短歌を作ること、そのこと自体が感性をみがくトレーニングになってるように思います。忙しい毎日のなかでもし短歌を作ってなかったら、「あっ」と思ったことがあってもそのまま通り過ぎてしまうだろう。「あっ」と思ったことを思いっぱなしにしないで、立ち止まって見つめる時間を持つ。それが、短歌を詠むことだ」といっている。短歌にかぎらず、「あっ」と思うことがなくなったら表現はなくなる。その「あっ」とい瞬間をつかまえる目をもち、さらにそれを形として表現する。そんな日々でありたい。格闘しながらも。

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2004.07.08

おしゃれ発見

 『おしゃれ工房』7月号、NHK出版を図書館で少しぱらぱらめくっていたら、素敵な切り絵を発見! アグネータ・フロックの植物や動物や寓話の世界を切り絵にしたものだ。なんでも詩を読んでそのイメージを切り絵にしたものが紹介されていた。スウェーデンのテキスタイル・デザイナーらしい。明日はその本を購入する予定だ。久々に絵の世界の刺激が見つかった。うれしい。フォークロアっていう感じ。それから、『日経woman』を見た。レイアウトに感心した。こんな素敵にレイアウトしやがって、ちくしょう。誰がやったのか知らないが拍手を送りたい。今、雑誌は頑張っている。

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2004.07.07

七夕の頃の思い出

 七夕は結婚記念日だ。何年前だった忘れたが、やはりこの日は忘れない。特に何かをするわけではないけど、蒸し暑い日だったなということは思い出す。今日はクリームあんみつでお祝いをした(超地味)。東京では7月7日に祝うけれど、天気が良くて星が見えた日はあまりないように思う。
 田舎では8月7日に祝う。その頃はもちろん夏休みだ。小学生の頃、友達と何人かで竹の生えてる屋敷に忍び込んで、竹を取ってきた。道具は少年ナイフ(東京では肥後の神)。普通の刃とノコギリの刃がついて板と思う。そのノコギリの方でギコギコ切って、必死になって小ぶりの笹を取った。しかも隠れてやるのだから、結構ドキドキする。時にはあせって、手を切って、血が飛び散るときもあった。そんなときは血止め草を探して嘗めて貼った。そうやって家に帰って来て、友達と短冊を作って飾り付けた。それでもう一つの楽しみは、竹でっぽうを作ることであった。
 残った竹をやはり少年ナイフで切って筒と打つ方の筒を切る。打つ方の筒の片方には節を一つ付け置く。その節が行き止まりになるように心棒を入れる。そしてもう一つの筒の長さより少し短いくらいで切る。弾はなんという名前の植物かは知らないが仁丹よりふた周りぐらい大きい実を使う。そんなのがそこら辺の家の垣根には沢山なっていた。いろんな長さの作った。人よりも長いのが良くて、そんなのを作って自慢したり、反対にすごく短いのを作ったり。短いのはいい音がする。それから、灯籠なんかもつくったりしたな〜。そのときは絵がうまくかけなかったな〜。いまも上手くないが。そんなことを思い出した。

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2004.07.06

フォークダンスの思い出

 高校2年の学園祭でフォークダンスがあった。本番の前に練習をしようと生徒会が呼びかけ、1週間前からリハーサルをやっていた。当時、1年上の先輩でブラスバンド部員で朝礼とかでクラリネットを吹く人が気になっていた。廊下とかすれ違うと密かにその人のことを見ていたと思う。でもその人も気付いていたかもしれない。自分は2年生だったけど中学浪人していたので、普通なら同い年だ。その人が輪の中で踊っていた。これはもう自分も踊るしかあるまいと思った。恥ずかしかったが、思い切って輪の中に参加した。だんだんその人が近づくに連れて心臓がドキドキした。そしてそれが頂点にさしかかろうというその時、一人、前で時間切れになってしまった。「あ〜何と言うこと」と思ったが、次の日も挑戦。また同じように回った。そのとき僕はもうその人しか見ていなかったと思う。やはりだんだん近づいて来ると胸が高鳴った。と同時に体が固くなってきた。そしてとうとうその瞬間がやって来た。うれしかった。そしてその手の感触。なんとなくコロコロした感じ。けっしてその人は太っていた訳ではない。むしろスリムな方だったと思う。そしてその瞬間、その人は「クスッ」と低い声でかすかに笑ったのだ。どういう意味だったのだろう。いまでも永遠に謎だ。その後、その人は当たり前だけど自分より1年早くその高校を卒業していった。でも今でもその人の名前はちゃんと覚えている。

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2004.07.05

門外漢のアンサンブルに想う—ライ・クーダー&キューバン・ミュージシャンズの場合

 まずはいきなり、ライのリードで入る。そしてベースとドラムがしっかりとしたリズムを刻む。イブライム・フェレールの草原を渡る伸びやかなボーカル、そして鄙びたハーモニックなコーラス。「ハーイイイヤイヤ」。その間にもマラカスが2倍にも4倍にもノリノリだ。ボーカルの間にはライのリードギターとそれを追いかけるようなコンパイ・セグンドのツインリード・ギター。次のメロディを期待してると、「すこーん・すこーん」となんて言う楽器か知らないが、レゲエのあの「スコーン」と言う音が間の抜けた感じで更に盛り上げる。間奏は消音装置をつけたコルネットかトランペットがブルージーなテイスト。リードギターの音をじっと聞いてると、途中で「スコーン・スコーン」の裏打ちドラムカンドラムに気をとられる。そうかと思うと転がるようなマラカス、またリードが音を跳ねつま弾く。なんの楽器か知らないがその間にも転がるように音は流れていく。僕のレイアウトも本文と見出しとイラストと写真のアンサンブルはこのように正しくあってくれと祈るのみだ。しかも詩はあくまで美しい。

たとえば

『私の花に何をした?』

ある木の幹に、若い娘が
喜びにあふれ自分の名前を彫った
芯まで心を動かされた木は
一輪の花を娘のために落とした

私は木、悲しく心動かされた木
おまえは私の皮に傷をつけた娘
おまえの素敵な名前をいつまでも大切にしよう
そしておまえは、私の哀れな花に何をした?

このアルバム「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」
なかでも特に気に入ったのは、
2曲目「デ・カミーノ・ア・ラ・ベレーダ(道を踏み外すな)」
と6曲目「イ・トゥ・ケ・アス・エチョ(私の花に何をした?)」
と10曲目「アモール・デ・ロカ・フベントゥッド(青春時代のいい加減な愛)」だ。

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2004.07.04

クリストフの場合

 こんな暑い日の晩は、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』を思い出す。
 クリストフは小さい頃からすでに宮廷の作曲家でありピアノ演奏家であった。それで彼は自惚れていた。彼にはゴットフリートという名の叔父さんがいた。叔父さんはヨーロッパの各地を小間物を売り歩く行商人だ。そして年一回、クリストフの住んでる家に帰ってくるのだった。クリストフは最初、叔父さんを馬鹿にしていたが、自分の作った曲を自慢げに叔父さんに聞かせるのだった。しかし、叔父さんは、意に反して「駄目だ」という。やけになってもっとつくって聴かせると「尚いけない」という。悔しいと思っていると、ゴットフリート叔父さんが歌う歌を聴く。それはクリストフにとって、今まで聴いたことのない全く知らない歌であった。そしてその歌に衝撃を受ける。それは叔父さんが行商で覚えたヨーロッパ各地で庶民に歌われている民謡(フォークソング)だった。叔父さんはある暑い日の晩、クリストフを近くの草原に誘う。二人して、草原に寝ころび月や星を瞬くのをみつめる。そして、「風が木々をこする音、虫がささやく音、動物たちが呟く声を聴け。クリストフ、他に何を歌う必要があるだろうか?」と諭す。それは、クリストフが真の音楽に目覚める瞬間だった。
 それは、やはりこんな晩であったろうか? 高校時代の夏休み、何処へもゆかずこの長編を読んだことが懐かしい。その他、思い出すシーンはたくさんあるが、今その本は手元にない。思い出しながら書いたので、詳細は違うかもしれない。

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2004.06.29

ひとりごと2

頭をがつんとやられたが考え中(タカダラジヲ)

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2004.06.28

ひとりごと1

おちょくった感じになるのは、それがいい尽くされていて、それを引用して皮肉ろうということなのか。参りました。完璧に。

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2004.05.01

コンセプチュアルアート

昔、コンセプチュアルアートやミニマルアートがはやった。
日本でいえば、ハイレッドセンター。
高松、赤瀬川、中西のメンバー。
もしかして、短歌の世界にもそんな動きがあるのか?
ただひたすら、言葉や意味のギャップや落差を楽しもうとするのか、
考えれば考えるほどわからなくなる。
第2段もその流れだというのだけはわかった。

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2004.02.04

わ、私は文章幼稚園児だ!

は_っ。は_っ。は_っ。
やっと言えた。
こういうのを「カミングアウト」っていうんだろうか?

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