2008.07.17

中国人が歌う『サリーガーデン』

この歌は、アイルランドの古い民謡を老婦人が歌うのを聴いて詩人W.B.イェイツが改作して有名になったらしい。『柳の庭にゆく道で 愛しい人に会いました 白い小さな足をたして…』と今では世界中で歌われているラブソング。中国の方の歌と演奏は珍しいし、捨てがたい。特にリュートの音色がなかなかいいですね。それにつけても思い出すのは、歌の成立過程だ。ピート・シーガーがロシアの作家ショーロホフの長編小説『静かなるドン』のコサックの民謡の部分を読みインスピレーションを受けて作った『花はどこへいった』。その後誰かが歌詞の4番を付け加え物語が円還するようにして、兵士の墓場に咲いた花が、また少女のもとへ帰っていく。そして世界的なヒットとなった。そんな話とどこか似てる気がする。つまり、知的財産を認める流れとは一線を画してるように思うのだ。

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2008.07.15

シンプルイズベスト、マウンテン・ダルシマーとエミルー・ハリスの歌

はじめてダルシマーを知ったのは70年代フォークブームの頃、リリィが演奏していた。独特のくびれた形が女性の体を連想させる。もう一つ、ハンマー・ダルシマーというのもあって、こちらは箱形で木琴の棒で弦を叩くもの、もとはイラン系の楽器で、アパラチのほうで使われているのが本流らしい。そんなシンプルな演奏で聴くエミルーは素晴らしい。日本において最近では、よしだよしこさんがこのダルシマーを使ってかっこいい歌を歌ってる。それはこちら。『道ばたでおぼえた唄』

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2008.07.10

ミュージシャンの指先とシンガーの喉元に宿るもの

回帰への衝動
フォークロア
そしてそれを求める放浪
文明への批判
ふたつの相容れない方向
同化と
アイデンティティ

自然の中に見いだす歓びは
ミュージシャンの指先と
シンガーの喉元に宿るもの
それは手法でありソウル
それぞれのソウルたち
正しいところへ回帰して
主要な脈動を感じよう
そして
クロイチゴの花の香とともに
永遠の一瞬を共有しよう

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2008.07.06

素晴らしいセッション、特に笛とフィドルと歌とブズーキ


後半の演奏者達の息はぴったりだ。気持の良いセッション。圧巻。ああ、自分もミュージシャンに生まれたかった。

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2008.07.04


一つ前のケルティック音楽と同じ曲なんだけど、セションンはエミルー・ハリスなんかがやってたあの部屋だし、演奏してるメンバーも見慣れた顔ぶれだ。特に彼女ではなく左指に指輪をはめている彼の笛。エミルー・ハリスの演奏でも、上手いなと思ってたんだけど、また登場ですね。なんか最強のメンバーだと思う。

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2008.07.03

やっぱり日本は落ち着く


一路飛行機で日本へ帰国、と行った気分でこれを聴こう。あ〜ホッとするな〜。季節感も合ってるし、動画も歌もいい感じ。ヨージクとワンダさんコンビのオリジナルソングはセンスがいいし、癒される。「みんなのうた」にとりあげられても良いと思うんだけど!

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2008.07.02

今度はケルティック


ゲール語は耳慣れないので変な感じなのだが、全体的に可愛らしい曲に仕上がっている。歌ってるのはJulie Fowlis、スコットランドのアウターヘブリディーズ諸島にあるノース・ユイスト島出身。今なおゲール語が使われている集落で育ち、伝統音楽やダンスに親しんできたらしい。

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2008.06.29

ピーソール・シスターズ発見!


観てください、この聴衆たちのうっとりした表情を。エミルー・ハリスなんかとも共演してるんだよね。ハーモニーのみごとさといったらないね。

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2008.06.28

今宵はドリー・パートンで


ついにここまでたどり着きました。ブロンズ? の髪の毛がチャーミングな彼女、ギターも弾くんだ! ピッキングする方の爪は分かるけど、コードを押さえるほうの爪はじゃまにならないのだろうか? 彼女もまたツーフィンガーピッキングなんだね。派手なルックスのわりにこの歌『Coat of many colors』は素朴な感じですきだな〜

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2008.06.24

今日の漂着先


『コールドマウンテン』という映画あったらしい。こんな鄙びた曲が全編流れてるのだろうか? いいな〜こんな感じ。岩井宏の『紙芝居』を思い出した。

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2008.06.22

この曲、なかなかいいですね


カーラ・ディロンという北アイルランド出身の歌手らしい。曲名は『 Garden Valley』。アパラチアマウンテンミュージックの周辺のyou tubeを観ていてみつけた。

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2008.06.12

な〜んだ渡の曲じゃん


you tubeをいろいろ観ててたどりついたのが、カーターファミリーのこの曲。な〜んか絶対聴いたことあるこの曲。きっと渡関係だなとは思ってはいたが、やはり渡だった。『イキテル・ソング〜野生の花』じゃないか。カーターファミリーピッキングというのもこれを観てわかったぞ。つまり親指で低音を弾いて、人差し指でコードを弾きながらメロディを浮かび上がらせていく、いわばツーフィンガー・ピッキングなんだね!

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2008.06.11

谷間ごと、村ごと、家族ごと、時間ごとの『SWEET IS THE MELODY』


アイリス・ディメントの歌う『SWEET IS THE MELODY』がアゼリン・デビソンが歌うとこうなる。ずいぶんとカントリーフレイバーな歌だ。12歳にしてメジャーデビューした彼女はカナダのシンガーソングライターだ。多分、フランスの血を引いてるのだろう、バックの演奏にアコーディオンが入ってる。アパラチア山脈地帯で生まれた音楽が谷間ごと、村ごと、家族ごとに違って、更に時代とともにいろんな流行の音楽とクロスオーバーしていく。そんなアメリカミュージックの典型をみているのだろうか?

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2008.06.09

吹き出してしまうぐらい


ちょっと吹き出してしまうぐらいハキハキと発音するアイリス・ディメントの歌は、一度聴くと忘れられない。数年前『歌追い人』とう映画に彼女も出演していたらしい。アパラチア・マウンテンミュージックやその歌に込められた人々の思いを描いた映画らしい。元々はイギリスから移民してアパラチア山脈の谷間に住みついた一団が、故郷から持ち込んだ歌や楽器で祖国を懐かしんだのはじまりらしい。ギター、フィドルやダルシマーといった楽器の構成で、その音楽は谷間ごと、村ごと、家族ごとに微妙に違っていた。後にそれがカントリーに発展していくらしい。ギターのフィンガー・ピッキングで有名なカーター・ファミリーもこの地の音楽を引き継いでいる。アコーディオンが演奏に入ってるのはカナダ系フランス人の音楽の影響もあるのだろうか? アメリカの音楽は移民してきた人々の祖国の影響がクロスオーバーしてるのだと感じる。なお、映画のエンディングの歌をエミルー・ハリスが歌ってるらしい。なるほどエミルー・ハリスの音楽のルーツもこの辺にあるのかな?

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2008.06.08

エミルー・ハリス、メアリー・ブラックそしてアイリス・ディメントのスーパーセッション

歌ってるときはほとんど笑わないという印象が強いエミルー・ハリス。メアリー・ブラックそしてアイリス・ディメントと三人で歌うこのセッションでは、目をかわし合い、めずらしく笑顔をふりまきノッてますという感じが非常に伝わってくる。そしてフィドルやドブロといったオヤジ達の演奏も素敵だ。特にエミルー・ハリスのギターを弾きながら肩を少し入れて揺する控えめなノリの仕草や、最後のイエーッという声は実に気持いい。仕事もこんな風に出来たら最高だろうな。

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2008.06.02

二つの『Green Rolling Hills』

最近、エミルー・ハリスにはまっている。きっかけはチーフタンスの『アナザーカントリー』の『Nobody's Darling But Mine』を聴いてからだ。それがYou Tubeで映像とともに音が聴けるので参ってしまった。興味のある方はこちら。。その他、アメリカのフォークソングを特集した『Folkways/ A Vision Shared-A Tribute To Woody Guthrie And Leadbelly』というアルバムには『Hobo's Lullaby』が入っている。これは古川豪さんの歌で聴いて知っていた。そしてクラシックの名曲でもある『Plaisir d'Amour』なんかがエミルハリスの歌ではすごく良いと思う。そしてこの曲『Green rolling hills』もしっとりして良い曲ではないか、メアリーブラックといっしょに、ニコリともしないで歌ってる姿に共感するものがある。もともとはこんな曲なんだ、ともっとカントリーっぽいバージョンはこちら、とこうなる。こちらも捨てがたい魅力があるのだ。最近はこの二つの『Green Rolling Hills』にこころ癒される日々である。カントリーフェチではないので、この曲がカントリーのスタンダードであるかは分からない。カントリーフェチのどなたか教えて! 教えて。

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2008.04.13

『年輪・歯車』に思う

高田渡の歌に『年輪・歯車』というのがある。『年輪』という有馬敲の詩と『歯車』という山之口貘の詩をくっつけた変わった歌だ。前者は「ふと彼に出会って…ふとキスされて…ふと彼が好きになって」、そして最後にはひとりぼっちになったことを感じる。後者は「靴にありついてほっとして…ホッとしたかと思うとズボンがボロボロ。そしてズボンにありついて」最後には元に戻るという詩だ。人生はまわりまわって元に戻るというような、人生の悲哀がその二つの詩には共通していて、渡の目はそのことを偶然の一致の出会いのように喜んで、多分歌にしたのだと思う。その悲哀を陽気に歌って笑い飛ばすかのような渡の歌が好きだった。そして最近それらの詩に、すこし違う意味を見い出した。『座布団』ではないが、安楽を求めて、あるいは自分の居場所を求めて、人はあくせくその空間を広げ働き、生活する。そしてやっと落ち着いて、一杯酒でもやろうかなんて思っても、そんなのも長く続かない。また自分の座ってる居所がなくなっていることに気付いて、その恐怖にお尻を叩かれてまた、自分の居場所を広げようとあくせく頑張らなくてはいけないのだ。それが繰り返し続くのが人生、ととらえるのか、あるいは人生とは常に戦いの連続であり、それを止めてしまうことの警告なのか。今ある場所に安住しよう思ったとたん、受け身になり守りに入る。そこから腐敗は始まり、自分の居場所がなくなるまでそれに気付かない。そしてまたそれによって次の上着を求めて、心を入れ替える。たまには涙を流し…。その涙が実は生きてる証なのかな。なんて、この歌に前向きな意味を感じる今日この頃。

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2008.01.31

血の味、地の匂い、草いきれ、そして桃源楽という響和国

「ブルースハープ、それは血の味、地の匂い」
「むせかえるような草いきれは僕のものだ」
「宇宙は伸びては縮み、縮んでは伸びる」
「風と水の響和国へ、僕を運んでくれ」
ライナーノーツ(K.Kさんの文章)から
この文書が発展して
「桃源楽旅ノート」という絵本にもなったらしい。
素晴らしい。
★沖縄音楽新譜&オススメ情報★ - ブルースハープで綴る沖縄名曲集。沖縄先行発売!.

K.K様
かなり気に入って、毎日聴いております。
どこにもない新しい音楽ですね。
木琴とハーモニカと沖縄が組み合わさってとても新鮮です。
いつもそうなんだけどジャケットもいい。
イラストや題字のペンタッチのタイトルと黒のアンサンブルが
素敵です。細かく言えばレーベル面の線のイラストもいい。
音だけではなくいつもジャッケも楽しみです。
「むせかえるような草いきれは僕のものだ」
というところは、はっきりいって悔しい。
沖縄の光と影の映像が想像できます。
絵本ができたんですか? うらやましい。
今の時点では「なんた浜」「ふるさとの雨」なんかが好きです。
たぶんこれから聴き込むと「月ぬ美しゃ」「梅の香り」「芭蕉布」などの
現代音楽風の曲が好きになるかもしれません。
こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、
最近、好きになった「Hawaiian Paradise From Seaside Cafe -Ukulele-」
というピータームーンのアルバムなんかを少し思い出しました。

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2007.12.13

『ハナミズキ』を聴いた


ようつべで『ハナミズキ』を聴いた。
詞は、歌ってる一青窈さんが自分で書いたらしい。
NYに住む友人との交流から、
9.11のテロ事件に触れ、
「報復」とか「憎しみや怒りの連鎖」を断ち切るために、
自分には何ができるか? 
日比谷公園の「ハナミズキ」を見て
この歌が生まれたらしい。
その花は、桜を贈った返礼として
100年前にアメリカから贈られたもので、
花言葉はまさに「返礼」。
好きな人同士が100年、続くように…、
という祈りが込められている。
まじめに考え、そして感じて、よく表現されてると思う。
元気になった徳永英明さんと一緒に歌うこのバージョンもなかなかいい。

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2007.04.07

『イメージのうた』と『あれは春だったね』とボブ・ディラン

拓郎の『イメージのうた』『あれは春だったね』なんか好きで良く聴いた。拓郎もかっこ良かった。特に自分にとって思い出のアルバムはライブ『ともだち』だ。受験勉強しながら、また、田んぼの蛙の声と一緒に良く聴いた。そしてこの年になって、ディランを知り『BLONDE ON BLONDE』を聴いた。ハーモニカホルダを」ぶら下げて歌ってたあのこのろの拓郎とディランが重なった。トロトロしたリズムに乗りネチッコク延々とう歌う『イメージのうた』は似ているわけではないけど、なんとなく『Just Like A Woman』を思い出させるし、『Suck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again』の明るいノリは『あれは春だったね』を思い出させる。『I want you』はなかなかグッドなご機嫌な曲で、ビートルズも想起させる。そういえば、『Rainy Day Woman #12 & 35』はイエローサブマリンに似てるような気がする。まだ数回しか聴いてないけど、この2曲あたりがなんかいい。もっともっと聴き込むと他の曲もよくなるに違いない。カントリーの歌い手・エミルー・ハリスもディランを良く聴いていたらしい。特に彼女にとって『アナザ・サイド・オブ・ボブ・ディラン』は人生を変えた1枚として、短い文章を書いている。ちょっと引用になるが。

彼は、私達の世代の若者が自分の生きる道を探すために手助けをしてくれた。彼は、私達の生の言葉を詩に注ぎ込み、いま何が起きているかを、私達が知りもしなかったことを語った。まだ芽が出るには早かったが、私達には心を揺さぶる“種”があり、ディランは、それを私達に気づかせてくれた。(GQより)

その後、彼女は『欲望』でいっしょにプレイすることになる。その後、彼女のアルバム『レッキング・ボール』を電話で褒めてもらったときには、「一生それで幸せに生きていきていけると思った」とあった。

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ボブ・ディランなんて知らない

ディランといえば『くよくよするな』『風に吹かれて』くらいしか知らなかった。しかもピーター・ポール&マリーやマリーラフォレ、ジョーンバエズといった人のカバー曲で聴いたのが最初だった。その後、岡林や高石ともやや高田渡や友部正人といった人たちの歌を聴くようになって、ディランの名前は僕の中で大きくなっていった。彼がどんなにいろんな人に影響を与えたか、まわりから聴くたびにどんな人なのだろうと興味を持った。特に友部正人の歌に「♪ボブ・ディランなんて知らない  流氷は角度のない水になった」なんて曲だったか、歌にまで登場する。 そしてラジオの深夜番組ではじめて彼のもと歌『くよくよするな』『風に吹かれて』を聴いたのだった。すごいダミ声だったが、確かにつたわってくるものがあった。とくに『くよくよするな』は不安定な思春期の心を慰めるものがあった。テープに録って何度も何度も聴いた。そして音楽雑誌でみる彼の写真、たいがいは胸にあのハーモニカホルダをぶらさげていたり、へんな奇妙な帽子をかぶっていたり、四角いアゴが目立つりりしいハンサムでかっこ良かった。その後、サウンドがエレクトリックなほうに移ってから、ほとんど彼の曲を聴かなかった。まさに、「ボブ・ディランなんて知らない」だ「ディランII」はかろうじて聴いていたけれども!!

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ディランの曲だった

フリマが明日なのかと思っていたら勘違いで、実は来週だということが判明! なんどもなんども変更になり、疲れてしまった。

『追憶のハイウェイ61』という曲に惹かれて、調べてみたらボブ・ディランの曲だった。最初に聴いた曲はブルースを得意とするジョニー・ウィンターという人の曲で、演奏はギンギンのロック系。ギターのテクニックが素晴らしい。なんでもジミー・ヘンドリックスの影響を受けている人らしい。けどジミヘンと比べるとギターの音色が破壊的ではない。なので印象はといえば、派手なわりには爽やか系であるので、ちょっと中途半端はいなめない。10回くらい聴くと飽きてしまう。というわけで、本家のディランの『追憶のハイウェイ61』を借りて聞いてみた。
やはり本家である。ジョニー・ウィンターに比べるとグルーブ感はいまいちながら、あのダミ声でうなるねちっこい引っ張るようなサウンドというかしゃべりみたいな歌が魂をえぐる。ハイウェイをクルージングしてるといういうより、ブルースの魂のハイウェイをギターを弾きながら、ジョニー・ビッグッドしてるという感じ。わからないだろうな〜。とんとんと片足でバックしながらハイウェイを昨日に向かってねちっこく穴をうがってるとでもいおうか。アルバム最後の曲『廃墟の街』は、延々11分も聴かせ、とくにハーモニカが冴える素晴らしい曲だ。そのねっちこいフォークロック的なノリがデビュー当時の吉田拓郎を思い出させた。それで次には、『BLONDE ON BLONDE』を聴くことになるのだ。

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2007.03.26

寝る前にこんな曲聴くんじゃんなかった

『追憶のハイウェイ61/ジョニーウィンター』という曲。まるで麻薬でもやってる感じ。ノリまくって興奮してイッテしまう。THE STORY OF THE BLUES 2マイ組のブルースの起源から現在までの歴史を紹介したCDだ。2枚目後半はボーナストッラック。サンタナ、ジャニス・ジョップリン、ジェフベックグループなどの曲が入ってる。なかでもこの曲のギターのノリはハイウェイを突っ走るノコギリが流れる雲や空をぶっ壊すといった感じ。ラリッた感じとはこんな感じなのだろうか? 別世界に連れて行かれる。話し言葉のような歌がそれに乗る。あ〜今日はもう眠れそうにない。ボリュームを10にして聴くべし。イッチまうこと疑いなし。

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2007.03.10

ミシシッピジョンハートの曲だったのだ

クリエイティブ系のフリマに出店することになった。前のPCがクラッシュして、データが取り出せないままになっていたものを、作り直している。「春一番ライブ78」を聞きながら…。良いのりしてる。青木ともこさんの「風太の失恋」、シバの「家路」、朝野由彦さんの「回帰線」、友部正人の「田中さんとぼく」等が良い。最後の中川イサトさんの「My Creole Bell」を聴いてびっくり。元はミシシッピ・ジョンハートの曲らしい。どこかで聴いた曲だな〜 なんて良く聴く良いたら、な〜んだ、渡の「69」じゃないか。もう! その曲に金子光晴の詩をくっつけたのが渡なんだ。なるほど。彼の得意技なんだ〜。でも跳ねるようなこのリズムに惹かれるのはやはりロックではなくフォークテイストのボクなんだということ。

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2007.02.10

もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に

曲をつけてもらったお礼に、その子ために自選CDのプレゼントを思いついた。彼女の趣味はそんなには知らないけれど、まったくよけいなお世話の全くお世話様なのだが、押しつけのおじさんのわがまま CDをつくった。今の気分の選曲で。渡中心で選んだ70年代の日本のフォークシーン。どんな風にきくのだろうか? 僕に語れるのは、どんな気持ちでそんな曲を聴いたのかだ。タイトルは「誰も聞かなかったフォークソング集」選んだ曲は1.失業手当(クビだ)高田渡(bestLive)から2.69高田渡(bestLive)から3.こいつは墓場にならなくちゃ.(日本来た外国詩)4.ものもらい.高田渡5.あげます.のこいのこ(1970フォークジャンボリーから6.これが僕らの道なのか.五つの赤い風船7.ふる里の言葉は.五つの赤い風船8.もう終わりさ.朝比奈逸人9.私の自転車.10.絵葉書.友部正人11.かんしゃく玉.佐藤博12.風太の失恋.青木ともこ13.ライ・ウイスキー.朝比奈逸人.14.ガムをかんで.ディランセカンド.15.うたを歌って.朝野由彦16.生活の柄.高田渡17.Teach Your Childen.田中亜矢といった具合。今の気持ちに素直になって選んだ曲達です。70年代の雰囲気が彼女の少しでも伝わればいいな〜。たまたま彼女の話する機会があった。夢を追いかけることと、現実の狭間に…。いつの時代にもありそうな問題だ。僕にとって青春を語るしかあるまい。僕の青春は挫折、暗澹、閉塞、はみ出しからはじまった。そんな気持ちをストレートに表現する奴らがいた。それは高田渡をはじめとするフォークだった。金子光晴を知り、山之口貘を知り、ラングストンヒューズを知った。そして僕に重ね合わせて考えることを感じ、考えることを学んだ。そのことを語るしかあるまい。押しつけではなくそれが彼女への未来への答えになってくれたなら。もし興味をもってくれたらのvo.1なのである。もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に。

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2007.02.08

『半分それは』を聞いてみる

その子は会社にギターを持って来た。
ハードケースに入れて。
誰かが言ってた、
面白い変な会社。
それこそ望むところだ。

それは、6時過ぎにやってきた。
ミニミニコンサート。
社長が彼女の前にビールを飲みながら
陣取っている。
ギターの調弦がはじまる。
なんだなんだと皆がステージ代わりの
応接机の前に集まってきた。
恥ずかしそうに、なかなか歌わないが、
静かに始まった。
4拍子のアルペジオにのって。
「♪半分、それはサイレント
♪半分、それは道端に揺れる草の影」
歌われることを意識しないで
作ったので、詩の順番がかわっている、
そして語尾やいいましも。
それがまた面白い。
それになんて言っても
自作の詩が歌われるななんて
はじめての経験だ。
ほんと、フォークソングぽい曲だ。
もう何回か聞いたら自分も
歌えて弾けそうだ。どうもありがとう。
なんか勇気をもらったみたいな気がする。
そして、みんなも意外な
尊敬のまなこでその子のことを
見ていて拍手を送っているのだった。
そして作詞者の自分としてもちょっと
鼻が高いのだった。
音やその雰囲気を伝えられないのが残念である。

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2007.02.05

『半分、それは…』に曲がつく

以前、『半分、それは…』という詩を書いたことがある。
そしていつだったか、
仕事で自分が面接をした娘がいた。
その娘は、やはり癒し系だった。
一人のところ、二人採用という事になって
それからまじめに来ている。
みんなにとけこんで微笑みを振りまいている。
その人が自分のこの詩に曲をつけてくれた。
趣味で作曲をするという事を聞いたので、
いくつか詩を渡した。
そしたらそのうちのこの詩に曲を付けてくれたのだ。
うれしい。
どんな曲なのか音符が読めないので
まだわからない。
なにやらフォーク調に仕上げてくれたらしい。
どのように皆さんに伝えたら良いか
乞うご期待ください。
とりあえず、詩を再びのせることにします。

『半分、それは…』

半分
それは沖縄の照り返すような光
それは一本道の道ばたに生えてる名もない草の影
ゆれる草の影
果てしなくどこまでも続く消失点
風が道の砂を巻き上げ
空っぽの心に
ライクーダのボトルネック奏法

半分
それはサイレント
それはフリーダムジャズ
静かな深い湖
何処へゆこうとするのか
とりとめのない騒音
ニューヨークの闇と
ソーホーの犬の糞
自由なアーティスト

半分
それはポジ
それはネガ
すぐそこまできている花の宵
花の陰に揺れる恋人たち
その匂いにむせる心と心
涙を流したあの丘

半分
二つのコントラスト
二つのアンサンブル

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2006.12.16

I'm All Right

用事があって、朝車に乗り込んだ。FMラジヲをつける。局はいつものJ-WAVE。明るい朝の日差しと空気の中、女性のボーカルでウェスタンっぽい音楽が流れている。たったそれだけで気に入る。音楽との出会いは一瞬だ。聞いた時間を記憶にとどめておく。家に帰って、昔ならば局に電話してその曲を調べるのだが、今はJ-WAVEのHPで簡単に調べられる。その曲はマデリン・ペルーの『I'm all right』という曲であった。少し彼女のプロフィールなんかを調べてみた。「21世紀のビリー・ホリデイ」 「ジャジーなノラ・ジョーンズ」 「ポスト・ジョニ・ミッチェル」などの評があった。そういえばずいぶん昔、ジョニ・ミッチェルの青春の光と影なんか聞いていた。昔から趣味は変わらないんだな〜。

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2006.11.05

『image』を聞いてみた

仕事でBGMとして聞くCDを、「本日は晴天なり・・・」のぽっかぽかさんに紹介していただきました。毎日仕事しながら聞いています。僕が特に好きなのはゴンチチの「放課後の音楽室」という曲です。名前がいいではないですか。セーラー服を着たか髪の長い誰かが一人静かにピアノを弾いてるような風景が見えるようです。この曲には、上司の営業おじさんが反応しました。いきなり、CDを手に「こういうCD好きです、実は私も持ってます、私はタイタニックのテーマ曲が好き」といいました。「最近借りてくるCD、当たってますね」と反対に座ってる上司が言いました。
あえて好きな順に並べると。
1.ゴンチチ「放課後の音楽室」
2.古澤巌&アサド兄弟「ニュー・シネマパラダイス」
3.大島ミチル「風笛」
4.エンニオ・モリコーネ「愛を奏でて」
といった感じでしょうか。
少し前にTVとかで聞いた事ある曲だな〜
というのがたくさん入ってます。
皆さんも一つ聞いてみてはいかがでしょう。
特にゴンチチは好きで、
この他にもXOというアルバムもよいですよ。
特に2曲目の「Land at ALOHA [IPO IPO]という曲
が良いです。さわやかで明るいレゲエです。
3曲目の「ping-pong-song」もいいです。
卓球ソング? ピンポンとは関係あるようには思えないんですけどね。

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2006.08.20

タンポポ団ゲリラライブ? (武蔵野ナイフ)in 井の頭公園投銭ライブ

Rittyann
武蔵野タンポポ団の再結成? なんて思わせる野外でのライブに行って来た。場所は吉祥寺・井の頭公園。夕方4時から始まる。出演者は、渡ゆかり? というか彼のお友達グループのシバ、いとうたかお、野澤享司、村上律、中川イサト、中川五郎、よしだよしこ、大庭珍太、ツトム・イサジなどなど。あともう一人、どうしても名前がわからないのだが、ドブロの名手。しょっぱなは『サンフランシスコ・ベイ・ブルース』タンポポ団のテーマソングみたいな曲で、ジェシーフラーだったかの曲に誰かの詩をのせたもの。♪おいらをのこしてあの娘はいっちゃった♪ と歌う。大庭珍太さんがノッていて、つい自分も歌ってしまう。あとはそれぞれ2〜3曲ずつ歌う。かつてピピアンドコットのメンバーだったよしだよしこさんが、渡の「わたしはわたし」を全員でやろうと提案。女性陣が登場し、場は一気にもりあがる。いろっぽかたな〜。そして終わりにちかづくと、シバやペケさんの「淋しい気持ちで」や「この世に棲む家とてなく」、「生活の柄」で大盛り上がる。五郎さんははしゃぎすぎて、また弦を切ってしまう。とにかく歌の数々を聴いていただけないのが残念だが、いくつか写真をご披露します。
Gorousann_2
Zenninn
Yosidayosiko
Joseijinn

話は変わりますが、きづけばこのblogも読者の皆様に支えられて、アクセス100000を数えました。どうもありがとうございます。今後もよろしくね。100000を踏んだ方いらっしゃいますか〜。よろしかったらご一報ください。

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2006.08.03

ジロマジトンド・ジロトンド

Kannpoまずは昨日の続き、もしも↓の拡大写真をご覧になりたい方は←のサムネールをクリックしてね。続いて。懐かしい言葉や呪文、記憶の底からわき上がってくるメロディ。誰にだってそんなモノがあるはずだ。僕にもある。でも、これを知ってる人は年齢がバレてしまうというもんだ。「ジロマジトンド・ジロトンド」というのが、そのひとつだ。3時のお茶のときに、ふっと口をついてきたり、少し思い切って思いを告げたくなるとき、そして迷ったあげく、告げてしまって後悔したりて哀しくなったり、仕事がうまく行った時、仲間と気持ちを通い合わす時、そんなときに出てくる。魔法の言葉? かな。どうして何十年も覚えていたんだろう。「宇宙時代のダンス♪」と続いたと思う。夢かなにかでみてずっと覚えていたのか? 気になってネットで検索してみた。あったあった。1966年NHKの「みんなのうた」で発表された歌だった。歌っていたのが弘田三枝子さん。あの「人形の家」を歌う素晴らしく歌のうまい歌手さんだ。ふ〜ん。あったあった、存在してたんだ。

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2006.07.28

アメリカとホーボーと日本の場合

アメリカの映画とかにホーボーが良く出現する。最近見た、「ポーラ・エクスプレス」や「ジョー・ヒル」。自分のなかではアメリカの象徴だ。それは自由のシンボル、体制にたてつくかっこよさの象徴。ギター、フォークソング、旅、自由、気まま、貧乏。ビートの詩人達? 日本では山之口貘であったり、三頭火であったり。そんな人たちのことを歌にすると、なんとなく大げさな感じがする。そこで日本では自転車だ。決して車ではない。車はブルジョアだ。自転車なのである。そして工場に働く若者達。日常から抜け出すのは自転車、ヒッチハイクとあいなる。高田渡の「自転車に乗って」、ガンさんの「私の自転車」。彼らがフォークソングを歌う時、それはアメリカへの憧れだ。しかしそのままのコピーではなく、彼らの生活に即して意訳する。それで生まれた名作もある。だがそのアメリカの価値観は今…ゆらいでいる。イマジンを歌うのを禁止される地域もあるとか? 最近のネットニュースで知った。

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2006.01.28

柳ケ瀬ブルース

滅多にしない出張である。ある企業の展示ブースのデザインをしたので、現場監督である。しかも遊びでも、富士山より西にいく事は稀である。岐阜の岐阜市は新幹線を使うと東京から3時間半で行ける。朝、いつもより少し早く起きてちゃんと朝飯を食べて行くが、同行者が気を利かせて深川飯のお弁当を買って来てしまった。断るのは悪いので、喜んで食べることにする。11時頃JR岐阜駅に着いて、そこから展示会場へいくと周辺にはあまり食事するところがないということなので、駅で食べる事にする。これでもう三食目である。太るはずである。まあ現場は現場、想定どおりうまくいくはずがないというか、あれやこれやトラブル続出。いい経験かな? なんて無理矢理思うようにしてその日が終わって、ぐったりして旅館へ、とりあえず肩の荷が降りる。

そして、今度は四度目の食事。同行者が旅館の食事ではつまらないというので、外に食べにいく。どこにどんなものがあるのかさっぱりわからないので、タクシーを拾って、美味しい居酒屋なんかを教えてもらう。その場所が「柳ケ瀬」にあるという。タクシーの運転手さんにいろいろ地元のお話を伺っていると、「柳ケ瀬」という地名が頻繁に出てくる。そこで、「もしかしてその『柳ケ瀬』というのは、美川憲一の『柳ヶ瀬ブルース』の『柳ケ瀬』ですか〜」と思わず聞いてしまった。歌が流行ったころは、ものすごく賑わっていたが、最近はさびれてしまった、ということだった。また、最初は美川憲一ではなく地元の歌手が歌う予定になってらしいというのだ。ふ〜ん、そうかなんて関心しながらその居酒屋に連れて行かれたのだった。まあまあ、お魚が美味しくて雰囲気のあるお店だった。ウーロン杯を飲みながら、『柳ケ瀬ブルース』のメロディーと歌詞が頭を占領して岐阜の夜は更けてゆくのだった。

そのほか、観光らしき観光はしないまま、あわただしく東京へ帰ってきた。早速、「岐阜」や『柳ケ瀬ブルース』のことをネットで調べてみる。ところが、タクシーの中で聞いた話と少し違うことが書かれていた。『柳ケ瀬ブルース』を作詞・作曲したのは宇佐英雄さんという人で、伊豆長岡温泉で芸能活動をしていた、そこへ訪れた沖縄舞踊団の踊り子に恋をし、そのときの出逢いと別れを『長岡ブルース』というタイトルで本人が歌っていた、それを美川憲一が『柳ケ瀬ブルース』に題名を変えカバーした、とあった。

寂れているといえど夜の柳ケ瀬は雰囲気があった。旅館から見える長良川の夜景や、泊まった旅館「十八楼」の周辺の家々の歴史あるたたずまいも雰囲気あったし、「ビジネスにはどうかと思うけど住むにはいいところですよ」といいつつ『柳ケ瀬ブルース』を鼻歌で歌う運ちゃんが思い出された。

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2006.01.22

トイレの名言集が身にしみる日

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我が家のトイレには名言集が貼ってある。毎日めくると違うお言葉がでてくるあれだ。だからといって馬鹿にしてはいけない。と、こんなに思う日が誰にだってあるに違いない。今日は「感動が人間を動かし出逢いが人間を変えてゆく」だ。変哲もない言葉だが、今日は身にしみた。
NYに活動拠点を持っている盲目のジャズミュージシャンの加納洋さんに会う機会があった。コンサートというわけではないが、自己紹介とピアノによる演奏と歌を数曲披露していただいた。言葉では表せない感動に包まれ、涙があふれて止まらなかった。いくつかの転機とそのときに感じた決意を話されていたけど、その出逢いの話とピアノと歌は人生の深さを知る者にしか出せない味があった。まさに、出逢いが人を変えてゆくんだな。そしてそんな側の人間に自分もなりたいと、加納さんと出逢って思ったのであった。


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2005.01.15

そうやって『涙そうそう』は生まれた

今日もまた観る番組が決まっていた。毎日TVばっかり、寒いとこうなる。で、「そして歌は誕生した」。この番組で心に残ってる歌は「神田川」。あの曲の誕生秘話も面白かった。今日は『涙そうそう』。大好きな歌だ。今まだなおヒットしているらしい。トーク番組などで歌の誕生の概略はだいたい知ってはいたのだけれど改めて、歌う夏川りみ、作曲のビギン、作詞の森山良子の素晴らしい出会いがあって生まれた歌なんだということ感じた。最初の出会いはビギンと森山良子のコンサートでの出会いだったらしい。森山は「いか天」を観てビギンに一目置いてたらしい。それでコンサートで共演したことをきっかけに、森山のラジオ番組の何回かの記念としてビギンが曲をつくるという話になったらしい。それで森山の元に「涙そうそう」という仮タイトルがついたテープが送られてきた。そのメロディーとタイトルで亡くなった兄のことがすぐに浮かんだらしい。そして、「なみだそうそう」ではなく「なだそうそう」というんだということ、それが涙がとめどなく流れるという意味であることを、ビギンに電話をして知る。森山は語る。「いつか、亡くなった兄のことを、なんとか形に残したいと思ってた。そしてビギンと出会ったこと、そしてこのテープが送られてきたことは、このためにあったんだと理解した」と。そうやって歌は生まれた。しかし話はそれで終わらない。TVではじめてビギンがその歌を歌った。それを夏川リミが観ていた。彼女は当時売れない演歌歌手であったらしい。そして演歌歌手をやめ独立して名前を夏川リミにして再出発を期していたという。奇しくも彼女の姉とビギンが同級生だったらしい、その縁でビギンの楽屋を訪ねた彼女が「涙そうそう」を歌わせて欲しいと訴えた。それで彼女のために新たにビギンが作った曲と「涙そうそう」がカップリングされて世に出ることになったのだそうだ。夏川のレコーディングの時、ビギンの比嘉栄昇がアドバイスを与えた。森山の歌詞の本当のところを伝えたというのだ。2番の歌詞で、「いつかまた会えると信じて生きていく」という部分。「この歌はただの哀しい歌ではない、残されたものがどういきていくかという希望の歌なんだ」ということを。そうやって名曲にさらに魂が入って、これでもかという感じに仕上がった。なるほど、こうやって歌は出来るんだ。歌だけではなくて、みんなほんの少しの違いにしのぎを削って命を懸ける。番組をみて、そして夏川リミの歌を聞いて涙があふれてとまらなかった。夏川が歌わなかったら、こんなにも誰でも知ってて、誰でも歌えて、誰にでも愛される歌にはならなかっただろう。三人の出会いがあって生まれるべくして生まれた歌。それが『涙そうそう』。

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2004.08.28

こてこて大阪のブルースはセントラルパークの匂いもする—上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」

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図書館で上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」を借りて聞いた。ご機嫌なブルース。有山淳司の声が意外に高く、キー坊とのハモリはグッド。ギターもベリーグッド。なかでもお気に入りは「梅田からナンバまで」。「おれの借金全部でなんぼや」の詩が三上寛というのが驚いた。そしてなんか絵が描きたくなったのであった。

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2004.08.02

門外漢 ロックを想う—BUMP OF CHIKEN jupiter ベンチとコーヒーの場合—

 かつて日本においてロックはイモだった。なんていったらロックファンにボコボコに殴られるに決まってる。村上龍の「69」がこの夏休みブレイクしてるらしい。学園紛争がそろそろ終焉しようとしていて、時代の雰囲気が内面へむかおうとしてる頃、社会からドロップアウトしていく人間やヒッピーたちはニューエイジや精神性世界へと旅立っていった。フォークソングはそんなものとシンクロしながら花を咲かせていった。1969年のウッドストックはインパクトがあったが、その熱はロックよりもむしろフォークソングの方に飛び火したように思う。その頃の自分が聞いたロックといえば、ジャックス、はっぴえんど、頭脳警察くらいか。どちらかといえば、遠藤賢司や三上寛やシバのほうが歌詞もロックに近く激烈だった。
 その頃、ロックはサウンドに日本語のノセられないで困っていた。そんななかでもはっぴえんどの「春よこい」は日本語の問題をクリアした数少ない例だったように思う。とくに1971年のフォークジャンボリーの演奏をURCの録音で聞くと、全然古くない名演奏だ。涙がでてくる。それから、キャロル。たとえば、君はファンキーモンキーベイビーというフレーズ。それはロックという音にノッて妙に気持ちよかった。このころからロックにはカタカナのフレーズ多くなって、ロックといえばサビの部分にカタカナがはいるというスタイルが確立されたように思う。その次に僕にとってロックといえばやはりサザン。たとえばビートルズなんかを聞くとき、英語の意味なんか知らなくてもBGMとしてきいていたり、めちゃくちゃ英語で歌っていたものだ。そんなところから、歌詞なんてわからなくても意味なんて伝わらなくてもいいじゃないかと、桑田流の音楽ははじまった。それが妙に新鮮で音にノッていた。しかも歌詞がかろうじてわかると言えばわかる、非常に聞き取りにくい彼流の歌い方。絶妙だった。あれから、ロックといえば妙にカッコつけた歌いくちが流行った。それ以降、ロックから遠ざかっていた。
 そして息子がネットでBUMP OF CHIKENの「ダンデライオン」という曲を見つけ興味を持った。そして図書館に「jupiter」を予約に入れた。その予約がすでに20件もあった。それで借りられたのが2カ月近くもたってからだった。それだけ人気があるということか。それでじっくり腰を落ち着けて聞いてみた。日本語の問題をこんなにもうまく問題解決して、しかもその歌詞の内容、音、格段とロックは進歩していたという感じだった。特に気に入ったのは6曲目の「ベンチとコーヒー」だった。尾崎豊の詩をロックに乗せたといったら笑われるだろうか。静かにやるせない自虐的なラブソングのピュアさ。涙が出てくるほどせつない。

※ロックの歴史についてはこの辺が詳しい。日比谷野外音楽堂 - 飛龍のロック雑記帳

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2004.07.13

門外漢の『盗賊の歌』に想う─アンドレス・セゴビアの場合─

 こんなに暑い昼が終わり、夕焼けがあたりを染めはじめる。紺色の闇と一緒に涼しいさわやかな風が、星明かりによって照らされた草原の草草を震わせる。あんなにも騒いでいた心を静めるのはカタロニア民謡だ。夜空にはめこまれた宝石から降ってくるような、ギターの優しい音の数々。目をつぶってみる。まだ見ぬ魂のふるさとを放浪する盗賊たち。日中のほこりや汗にまみれた体を大地に横たえれば、木々の間から月の光は降ってくる。眠っているその盗賊の横には夜のものたちの気配。そして、夜露。毛布にくるまった鄙びたメロディ。『聖母の御子』『アメリアの遺言』『商人の娘』『盗賊の歌』がみんなそれぞれ、暑い火照った体や心を鎮める。そうやって今日の日の喜びを数えながら、眠りにつくとしよう。朝がくるまでに。

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2004.07.05

門外漢のアンサンブルに想う—ライ・クーダー&キューバン・ミュージシャンズの場合

 まずはいきなり、ライのリードで入る。そしてベースとドラムがしっかりとしたリズムを刻む。イブライム・フェレールの草原を渡る伸びやかなボーカル、そして鄙びたハーモニックなコーラス。「