2008.04.27

『Little DJ』を観てみた

『Little DJ』という映画のDVDを借りて観た。映画には白血病が付き物みたいに、またかという感じでたいした期待感も無しに観たのだが、どうしてなかなかシンプルで良かった。最後に、主人公は決まり切ったように白血病で死んでしまう。人に想いを伝えることの大事さを、この映画はシンプルにそして見事に伝えていたと思う。
実は主人公と同じく僕もその年代を、地方の病院で過ごし、ラジオのDJに病院から電話でリクエストをしていた。本当に完治するのだろうか? という不安をかかえながらも同じ年代の入院患者たちと過ごした何か月間。やることといえば、ラジオを聴くことぐらい。そして、楽しみは自分の名前が読み上げられ、お気に入りの曲がラジオから流れること。それがささやかな楽しみだった。
この映画によって、あの頃のことがフラッシュバックされた。神木隆之介君のピュアな感じと福田麻由子さんの笑顔のキャスティングも良かった。観る人によっては、「セカチュウ」に似てるとかよくある話。なんて思う人がいるかもしれが、僕は素直に良い映画だったと思う。

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2007.05.01

フラガールを見た

ツタヤでフラガールを借りてみてみた。理屈抜きに面白かった。面白かっただけではなく、ちゃんと泣きそうになるくらい感動するところも何カ所かあって、なかなか素晴らしい映画ではないかと思った。特に奇抜なストーリーでもなく、なんとなく先が読めてしまうのだが、それでもあっちこっち感動する場面があるのだ。たとえば先生役の松雪泰子の踊るシーンは圧巻だ。スタイルも美しいし踊りも美しい、かっこいいですね。それに脇役もいい。しずちゃんとか岸辺一徳などの渋い演技が光ってると思う。それになんといってもあおい優の踊りも素晴らしい。ラストシーンはもちろん涙なくしては見れないが、フラには踊りの手振りが手話のように意味を持っていて、先生が東京に帰ってしまうところを生徒達がホームの先から電車の先生にフラの手振りで、「帰らないで」と伝えるシーンが好きだ。また、このシーンも涙なくして見れないのであった。

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2007.02.25

老人宣言とは?

NHKをみてたら、我らが時代のヒーロー・横尾忠則氏の番組がやっていた。「人間ドキュメント 横尾忠則・70歳のY字路」という番組である。今年70歳になるという氏はとても元気そうに見える。20代30代で唐十郎や寺山修司の芝居のポスターを描いて一世を風靡し、怖いもの無しだった。40代後半でそれまで活躍していたグラフィックデザインの分野から突然画家に転身した。50代、60代の模索の時代を経て、70代にしてやっと自分の本当に描きたいものに出会った。それは「Y字路」絵だ。転身したきっかけはピカソの展覧会を見て「事件」を自分に招き寄せる道を選ぶ。それは彼の芸術観でもあり人生観でもあった。のんべんだらりとした日常を捨て、刺激的な日常にあえて身を置く。芸術もまたしかり。今まで構築してきた画面にあえて異質なもの、つまり破綻を描く。絵はそれら破壊によって新しい展開をみせる。とはいっても、何を描いていいのか、模索の時代は続いた。ちっとも楽しくない、何度辞めようと思ったかわからない時期があった。それに実生活面でも60代は病気のオンパレードだったらしい。そんなときでも基本は遊、そんな要素も逆に考えた。そうやって表と裏、光と影、その総合として今の70代があり、今ようやく本当に描きたいもの「Y字路」をみつけた。つまり老人宣言である。老人それは光と影の総合。やっと花が咲くときがやってきたというかれの宣言なのだとおもった。かっこいい。流石天才。目からウロコ。やはりただものではない。日常に風穴をあけるような事件よやってこい! と僕も叫びたくなった。でもあんまり大きな事件はちとこまる。あはは、やはり凡才なのかな?

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2006.11.18

「同胞(はらから)」を見てみた 続き

地方の青年団と言うと、地元に住む若者の社交の為の組織といった感じで、特にたいしたことをやる訳ではない。たまにお祭りや盆踊りを企画するくらいのものだ(といっては失礼かもしれない)。兄も村の青年団に入っていたのでよくわかる。そんな青年団が、昭和50年、1975年当時のお金で、65万円の公演費に責任を持つという事は、現実的には結構大変な事だと思う。あたふたした彼らの実像が実に上手く表現されている。そんなリアルな現実を描くのが、山田洋次監督の上手いところだと思う。しかも、「ふるさと」というミュージカルを公演する「統一劇場」のオルグに扮する倍賞千恵子との交流が素晴らしい。当時、全国をキャラバンして公演するというスタイルの劇団がいくつかあったのを覚えている。自分が中学のとき、「新制作座」の芝居を感動して観た事を覚えている。地方に住んでいる子供や主婦や老人といった人たちに、自分達の作った芝居やミュージカルをこちらから、出かけて行って観てもらおうというものである。おかげで、当時田舎の少年にとっても恩恵を被ったのである。そんな運動の先陣を切ってオルグ達は、全国の隅々まで打って出たのである。彼らの熱意が青年団にも伝わり、しかもそれを観た村の子供や主婦や老人にまでそのその熱意は伝播したように思う。特に「ふるさと」というミュージカルは、西洋のミュージカルのスタイルはとりつつも、全く別もの、どろどろとした当時のあるいは日本独自のスタイルに練られていた。当時の農村の問題、開発と後継者、嫁問題等など、廻る村々同様の問題を抱えてる農村をテーマにして作られている。共感を呼ばないはずはない。ちなみに、「統一劇場」の他の作品の地方公演の回数を調べたら、」1975年当時、一つの芝居が全国でなんと四百数十回講演されていた。なんというエネルギーだろうか。その数年後に回数はグンと減って、劇団は3つに分裂して、今も尚続いているという。山田洋次監督のその後の有名なあの「幸せの黄色いハンカチ」の映画の中にも、夕張に近い村でアコーディオンを弾きながら歌声運動をしている風景を映していたが、なんとなくこの名残みたいな風景だなと思ったものだ。この「ふるさと」のテーマソングを作曲された岡田京子さんは『うたの旅』という本も出版され、日本全国をアコーディオンを肩に歌って出会った人のことを書かれている。芝居に限らず、70年代のフォークソングにもあい通じるものがあるではないか。あの熱気、熱意、はどこへいったのだろうか。山田洋次監督は「同胞」のなかで、そんな当時の若者達の熱を、素朴に実にリアルに描いたと思う。最後にラストの方で青年団団長である、寺尾は語る。いま振り返ってみると、あんな大変な事を俺たちがどうしてできたんだろう? と思うときがある。夢中になってやり遂げようとした、あのときの事を懐かしく思うと。そしてこれからの自分の人生に何回もあんな事があるといいと思うのであると。その後続く山田監督の映画作品この幸福論で描かれているように思う。「寅さんシリーズ」「幸せの黄色いハンカチ」「家族」「故郷」「遥かなる山の呼び声」「息子」「学校」などなど。哲学的な「幸福論」はさておいて、僕は山田洋次のこの幸福論が好きなのであって、もう何処にもないと思われてたもの、とっくに喪失されてたと思ってたものが、じつはまだ、というかとても身近に、足もとにあるんだということ、あるいはディスカバージャパンということを、常に考えている監督が山田洋次監督なのではないだろうか。(「同胞」と「遥かな山の呼び声」を観て。

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2006.11.13

「同胞(はらから)」を見てみた

DVDで「同胞(はらから)」を見てみた。昭和50年(1975年作)だから自分が高校3年生の頃の映画だ。劇場で見たのか、TVで見たのか思い出せないのだけれど、ずいぶん前に一度見た事がある。統一劇場のミュージカル「ふるさと」を岩手の松尾村の青年団が主催して成功をおさめるまでを描く。統一劇場のオルグ役が倍賞千恵子で青年団の会長が寺尾聰だ。なんといっても、何回も何回も協議を重ね、「もし失敗したらどうやって責任を取るんだ」と会員に詰め寄られ、「もし失敗したらオラのベゴ(牛)売る」というシーンが盛り上がる。つづく。

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2006.10.29

「夢の庭づくり」再放送?

未確認情報ですが、
今日、10月29日(日)午後1時05分~午後1時54分から
NHKで再放送があるそうです。
ですが、自分がとってる新聞の番組欄には載ってませんでした。
あるいは、一部の地域のみの放送かもしれません。
間違ってたらごめんなさい。
もしも興味のある方はご覧ください。

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2006.10.28

夢の庭づくり

その花園は、普通ではなかった。自然の草花と、人の手によって植えられた草花が同居している。普通、一つの花が終わると、次に咲く花を植えるというのが普通だと思うんだけど、その花園は一つの花が終わる前に次の花が咲き、またその花が終わろうとすると、また次の花が咲く準備をしているといった具合だ。その花園は「陽殖園」といって北海道の滝上町にある。高橋武市さんが40年以上もかかってたった一人で創った夢の花園である。数週間前にNHKのTVでも紹介された。また、 福音館書店|たくさんのふしぎ 2006年6月号でも紹介されているので、是非見て欲しい。町の図書館の子供関係の棚に必ずおいてあると思う。4月末から9月末まで一般に公開されていて、年間を通して約800種類の花が次々と咲くらしい。同じ種類の花でも、咲く期間を長くする努力をしている。その方法は、一番早く花が咲いたもの、一番遅く咲いたものに印をつけ、早いも同士、おそいもの同士をかけあわせて、さらに早いもの、おそいものをつくりだす。さらに、色や型のかわったものを見分けて、それらを増やしたり。同じ場所に、相性の良い花を同居させ、次々にマジックのように花が絶えることなく咲かせる、というようなことをやっている。開園時間はお客が来るので、開園前と開園後に作業をするのだそうだ。そうやって40数年もたった一人で、築いてきた夢の花園である。NHKの番組で語っていた事が、胸につきささった。なぜ40年も続けられたのか? 「人間何人か集まると必ず意見が食い違ってくる、そこでお互い妥協してやらざるを得ない。ところが僕はたった一人だから、自分の思うように夢を実現する事ができた。たった一人は大変だけど、たった一人だから夢を実現することが出来ると。死ぬまで夢の実現のために働こうと思っていると。なるほど、分業化が進んだ現代、一つのものを創るのに、最初から最後まで一人で全てに関わる事は、なかなかできない。何人もの思いがその物をめぐって交錯する。やはりそこには必ず妥協があるだろう。たったひとりで取り組める素晴らしさをこの花園は訴えている。ドラマ「北の国から」の黒板五郎がつくる丸太小屋もそんな感じだろうか?

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2006.07.18

「聖なる予言」が映画化

プリズン・ブレイクに出演している女医さんのことを調べていた。サラ・ウェイン・キャリーズという女優さんらしい。なかなかチャーミング。そしたら「聖なる予言」が映画化されアメリカで上映されているらしいというのがわかった。 その聖なる予言.にもその女優さんが出演してるらしい。日本では上映してるのだろうか。是非見てみたい。

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2006.07.17

これで終わりかなと思ったら

つたやで借りて来た「リンク: 20th CENTURY FOX HOME ENTERTAINMENT;プリズン・ブレイク.」にはまってしまった。現在vol.1からvol.7でレンタル中。連休前までvol.4まで進んでいた。連休、あんまり予定がないので一気に最後まで見ようと決めていた。そして一日1本づつ、ゆっくり味わおうと考えていた。物語は、無実で捕らえられた兄を刑務所から救うために、主人公はあえて銀行強盗をして、その刑務所に入りなんとか兄を救い出そうというのも。しかもその刑務所の設計図を自分の体に入れ墨を施すという念の入れよう。クライマックスいざ決行! vol.7でめでたく成功となるか? と思いきや、まだ続きがあるらしい。今年12月に残りの、7巻? がレンタルするらしい。 これで終わりかな? と思ったらがっかり。であるが、なかなか面白い。一緒に見ていた息子が「ハアハア」行っていた。わかるその気持ち。 この手の脱出ものにお決まりのワキ訳がまたいい。これはあくまで極私的に言えば、主人公のスコフィールドは何となく者こなし、クールな話し方、雰囲気が「イチロー」に似ている。その兄は、ロッキーのシルベスター・スタローンに似ているし、髪の長い囚人は「ジーコ監督」、女弁護士も誰かに似ている。皆さんもはまらない方がいいと思う。残酷なシーンもけっこうあるし…。それにしても欲求不満だ。

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2006.03.05

「フォレスト・ガンプ」を観てみた

やはりアカデミー賞を取るに値する作品なのでしょうか。しっとりいい映画でした。最初、あ〜ちょっと頭の弱い人の人生のお話なんだな、これからどんなふうに展開して行くのだろうと、最近観た「バス男」ともイメージをだぶらせながら観た。彼、フォレストガンプの純粋性が人の心を動かし、感動をあたえる。特に、ジェニーとの愛。子供の頃の出逢いがきっかけで、愛情を深めて行くが、ガンプとジェニーの人生はある意味、すれ違いの人生だ。この映画に時々、登場するアメリカの重大ニュース、例えば歴代大統領の暗殺、ジョンレノンの暗殺といったアメリカ社会の病んだニュースが重なる。それはガンプとジェニーの異なる二つのイメージの対比に見える。ガンプが持ってるアメリカ社会の楽観性、ヒーロー主義、愛国主義。それに対するカウンターカルチャーとしてのジェニーのイメージ。ヒッピーをやったり麻薬に手を出したり、二つの相反するアメリカの二面性。平行線、どこに答えを求めるか? 彼女との子供が二人の未来を解決していくのだろうか?

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2006.01.03

いまあいとか

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『今、会いに行きます』を観た。ファンタジーということなので、幽霊が出てくるお話なのかな〜 なんていうことを、あんまり考えなければ、単純にラブストーリーとして観れて良いのではないか? セカチュウもそうだったんだけど、愛し合った頃のことを、もう二度と戻らないあの頃の想いでとして語るスタイルが、熱くなってるその当時よりも冷静に過去を振り返ることによって、美しくそして哀しく描かれるのだという感じ。観どころはやはり、二人の出会いがすれ違いの数年を経て、突然ダムが決壊するように接近する部分でしょう。まあ、うまくいったからいいもんだけど、なんか現実にはそんなに上手くはいかないよな〜 なんてモテない自分は、ちょっとそんなふうに考えてしまったり。

重松清の『四十回のまばたき』を読んだ。解説に、欠落感を抱えて生きる全ての人へ送るとあった。確かに欠落感を抱えてる自分にとっては、優しい読みものではあった。冬眠症という病気があるのをはじめて知った。鬱病の一種らしい、そういえばこのblogをはじめるきっかけは、似たようなことで悩んでいて、鬱病で悩んでる人のHPに書き込みなんかしてることからはじまった。あのころのことを思い出した。

最近、石田衣良を何冊か読んでみた。『池袋ウエストゲートパーク』からはじまって、三作目まで、そして直木賞作の「4TEEN」を読んだ。かつて詩人の吉野弘は『夕焼け』という詩で現代人の傷つきやすい優しい心の哀しさを歌った。それから何年たったのか、石田衣良は新しい時代に、そんな心をうまく新鮮に前向きに生きる魂としてさわやかに、繊細にかつ骨太に描いているように思う。傷つきやすい優しい心の素敵さを現代に生き生きと描いてみせたと言うか、しかも池袋だ。そんな街が池袋だなんて、いいじゃないか。

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2005.11.23

模型飛行機が最後の字幕に飛んでくる

これから観る人のために、ストーリーは書かないけど「Alwas 三丁目の夕日」を観て来た。昔、一時期ビッグコミック・オリジナルだったろうか、西岸良平さんのこの漫画に夢中になったことがあった。あのテイストそのままが映画になった。泣ける泣ける。泣かないようにぐっとこらえていた。純君、いい役やってるな〜。それにものすごく、演技が上手くなっている。憎いよ〜。それに、鈴木オートもなかなかいい味だしてる〜。自分が生まれた頃の東京だろうか。古き良き時代の精神を今に伝えたよい映画だったと思う。あれはすべてセットなのだろうか。だとしたら、相当お金がかかってるだろうな。気に入ったことを一つばらしておくことにする。冒頭に出てくる模型飛行機。あれが、最後の字幕の所に登場する演出がこころ憎い。う〜ん、「トイ・ストーリー」にもあんなサービスがあったな、なんて、よっぽど映画好きの人たちが作った映画なんだな、というのが伝わって来た。

それから、先日DVDで、ななんと、息子と一緒に「冷静と情熱の間」を観てしまった。あのシーンももちろん一緒にだ。犯罪かもしれない。でもあれもよかった。設定は1996年頃なんだけど、自分にとっては、1970年頃のように思われた。なぜかというと、自分も小田急線沿線に住んでたことがあって、映画にも梅が丘とかもしかして成城学園かな、あの辺の景色がでてきて、主人公たちがであった下北沢なんかも、1970年代の頃のように思い出されてしまったからだ。もちろんフイレンチェやミラノには行ったことがないのだけど、ドゥオモなんかはやはり何となくだけど70年代の美術の学生さんの憧れるような雰囲気がムンムン。ぼくのなかでは、ガロが歌った「花が散りはじめて 夕日が燃える頃〜」と歌う歌あれが頭の中を流れ続けた。それで、思ったのだけど、音楽もすばらしい。特に、クラシックギターの曲が至る所、流れて、あれが思いっきり泣かせる。セカチュウでもクラシックギターが効果的に使われてたけど、やはり「愛」とクラシックギターは最高の相性だと思う。みなさんもたっぷりと本格的恋愛にひたってみてはいかが? ですか。竹内豊君でしたっけ、あいつっものすごくかっこいいと思うんだけど、それはぼくだけなんでしょうか。

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2005.11.22

文字が消えていたので

修正したらしい。
上手くいったかな?
なにしろ文字が表示されないと
意味が通じない。
かれが言いたいことは
結構微妙なのだ。

「pota2.swf」をダウンロード

う〜ん、やっぱだめだな。

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2005.11.13

「自由の女神」と「結(ゆい)」

『自由の女神』と『結』はどちらが新しいのだろうか。

青森県大畑村に『木野部海岸』というところがある。大畑村には昔、岩が適当に点在する美しい砂浜があった。かつて子供たちはそこで遊び、捕れる魚もその浜のおかげで潤い、静かで豊かな漁村の暮らしがそこにはあった。高度経済成長時代、イカ漁がその村の覇権を握った。イカ漁が暮らしをもっと良くしてくれるのではないかと村人たちは幻想を抱いた。そしてその覇権は、漁港をコンクリートで固め、大きな船が出入りできるように、深く掘ったり、港を整備した。それには飽き足らず、『木野部海岸』にコンクリートの構造物を造ったのであった。皮肉にも、港を新しくしはじめた頃から、イカ漁は振るはなくなり、船はイカを求め、遠くは外国まで遠征するようになった。そしていつのまにか村はさびれていた。そして村人たちは失ったものの大きさに気づいた。たった150メートルの海岸ではあるが、国の助成で造った建造物を壊し、元の美しい海岸に戻そうという運動が起こった。法律的な問題も乗り越えて、村人たちはたった150メートルであるが、かつての美しい『木野部海岸』を取り戻そう、と試みはじめたのであった。

時をおなじくして、ユングの集合無意識ではないが高度経済成長以来、大量生産、大量消費、そしてそのために製品のサイクルをわざと短くして物を売る、そんな社会に限界を感じ、新しい試みをはじめている人たちが沢山出て来た。

古い城よりりっぱな棚田の石組みの山口県、防府市。田んぼと林業を営んでいる人が紹介されていた。彼はかつて警察官をし、高度経済成長時代、一儲けしようとその警察官をやめ、レストラン経営をはじめたがまもなく倒産。そのときに、実家が持っていた田んぼや山林が荒れ果てているのに、気づき山や農作業の生活に入っていった。山に入って、木の枝や下草を刈るつらい毎日。そこで彼は考えた。飼っている牛6頭をその山林に放してみるとどうなるだろうか。すると牛は野山を駆け回り、下草をほとんど食べ尽くした。そして牛が落とした糞は山や農地を肥やしていった。牛そのもは、急な山などを駆け回るので、丈夫になり飼料など必要としなくても、長生きをし、丈夫な子供を沢山産む。しかも食べ尽くした下草の跡には毒性の強い「しきみ」が残る。そのしきみは仏前に供える花として出荷して20万の儲けになるという。自然との共生を試み、成功した例だ。その他、アイガモ農法とか、これに似たような試みが今、トレンドなのだ。

そして、自分が生まれた町の一つ山を越えた村、秋田県、上小阿仁村の話。マタギの里として知られる人口3千ちょっとの小さい、小さい過疎の村で、昔からの『結』という部落の共同体みたいな組織、それをもっと強固にして厳しい現実を乗り越え越えようとしてる人々が紹介されていた。村自体は、いくつかの町と合併の話があったらしいが、それを拒否したというのだ、番組は、そのときの心境などを村長さんにインタビューした。村長さんは語る。「村には、顔や名前が知らない人は一人としていない」それが合併したとなると「顔も名前も知らない人がたくさんできてしまう」。確かにそれは小さな、小さな過疎の村の裏側を観た最高の長所であり、そこに村のアイデンティテー、誇りを感じているのだ。かつて村にには秋田杉を加工する製材所が10数カ所あったという。外国から安い建材がどんどん輸入され、樹齢100年を超える秋田杉ではあるが、需要がめっきり少なくなり、今では製材所も3カ所しかなくなったという。そんな厳しい現実を村人たちは昔からある『結』という共同組織の仲間意識を更に強固にして乗り越えようと云うのだ。現実には、その100年以上も育っている秋田杉の宝の山を捨てないで、助け合って現実を乗り越え、守って行こうとする新しい運動なのだった。自然は財産なんだというマタギの伝統的な自然との共生を踏まえた考え方なのであった。そういう考えは一見、現代人が一時、夢見ていた「自由」の獲得とは逆行しているようにみえるが、実はそのような新しい潮流が世界的に巻き起こっているのだと評論家の内橋克人さんは云う。

以上、昨日やったNHKのETV特集「長ぐつの旅・菅原文太(時代に逆らう反骨の男たちを訪ねる3千キロの旅)」をまとめただけのこと。とても興味深い番組だったと思う。それに偶然総合でやっていた番組「ユリばあちゃんの岬」で、ユリばあちゃんが、知床岬の突端に座り、オホーツクの海を観ながら「ここには鹿が新しい命を育む姿や豊かな海や海岸の自然、恵み、なんでもある。だから他になにもいらない。友達だっていらない」といった言葉が重なりあってしょうがない。

「自由の女神」と「結(ゆい)」。この二つの言葉が、唐突ではあるが僕の頭の中にイメージとして浮き上がって来たのだった。

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2005.10.16

『花とアリス』を観てみた

う〜ん、なんていうか、新感覚派って云う感じですかね、時代は変わっていくというのを強力に感じた。少女二人の友情を描いたと云えば、なんか女の情念とかそんなイメージなんだけど、全然違った。彼氏を巡る二人の微妙なライバル意識とその葛藤。情念ではなく、さわかや描いてくれた岩井俊二監督、ブラボー。『櫻の園』にも似た感じがした。圧巻はアリスのバレエ。音楽にちょっと頼り過ぎ! と云えなくもないが、あのシーンは盛り上がる。映画における音楽の大切さを気づかせてくれるし、クラッシク音楽の意味がよく理解できるという、おまけまでついてるような気がした。なんの曲かはわからないんだけどね。こんな映画、今まで観たことなかった。100点をあげたい。脚本も監督自ら書いていて、漫画としても原作が出ている。買ってしまった。であるが、これはおそらく絵コンテではなくて、映画ができてから監督が描いたものだろう。映画とまったく同じ。映画から音を抜いたサイレント映画という感じ。アリス役の女優もなかなか良かった。監督の以前の作品も是非観てみたい。

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2005.10.04

『笑いの大学』を観てみた

『笑いの大学』を観てみた。あまり期待してなかったのだが、面白い。さすが三谷幸喜、感心しました。喜劇の作家に扮する稲垣五郎君に検閲官、役所広司がさまざまな要求を出す。たとえば、登場人物は外人であってはならない。というと五郎君はロミオとジュリエットの変わりに金色夜叉を下地にパロディーを作り替えてくる。そんなやり取りを何回か繰り返してるうちに、作品は練り上げられ、二人の合作とも言える素晴らしい作品に仕上るのだった。しかしその作品も戦争の前に…、そのへんも素晴らしい構成になっている。検閲で、「そんな芝居ならやらない方がマシだ」なんて、潔くカッコつける作家たちをしり目に、いわば老人力を駆使したとも言える、五郎君の生き方に乾杯。

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2005.09.25

映画のことやら

●映画、『フル・モンティ』を観てみた。それはすっぽんぽんの意味である。イギリス映画。鉄鋼会社で働いていたいた連中、会社がつぶれたかリストラにあったか、それぞれ悲惨な目にあっている。主人公は、奥さんを取られ子供まで取られそうになりながらも、なんとか活きていこうとする。その彼が中心になって男だけのストリップショーを考える。最初はいやがっていた失業仲間も背に腹はかえられない。だんだんその気になっていく。いちおう、彼らも努力はするのだ、おデブさんがいたり、年寄りがいたり、とても望みのない事のように思えたが、練習にも熱が入ってくる。なんの練習? それは観てのお楽しみ。どん底を彷徨う彼らに光が差し込んで来た。勇気づけられる映画ですね。悲惨だけど、一応はコメディ。
●メキシコ料理をたっぷり食べた。何回か、タコスをお家で作った事はある。好評だったのだが、本物はどうなんだろうと、家族3人で渋谷にあるお店に入ってみた。テキーラというお酒も初めて飲んでみた。覚悟していたほど強くもない。それと「ソル」というビール。レモンの切れ端を瓶のなかに落として、ラッパ飲みで飲むのだそうだ。マルガリータはソルティードッグに似ていた。甘いが、グラスの縁に塩が塗ってある。それをなめながらいただくマルガリータは美味しかった。タコスそのものはキャベツとトマトとチーズとひき肉がはいっていて、自分が作った方が美味いくらいだったが、チーズ餃子は息子が美味い美味いといってバクバク食べるほど美味しい。それに音楽が、キューバソンみたいな陽気な音楽。従業員は2世なのかもしれない。むこうの言葉で話していたが、笑顔が素敵なお兄さんばかり。また行っても良いが、今度はお家でタコスパーティーをやってもいいなと思う。
●その前に、電力館へ行った。ゲストでさかなくんがでていた。何度か行った事はあるのだが、子供は何回行っても飽きないらしい。しかも無料。大人はそこで原子力発電のお勉強をしたのであった。
●MACOS上でUNIXのソフトが使えるという事で、マニュアル本を買って来て、挑戦中。何回か失敗の果てにGIMPをインストールする事ができた。しかし日本語環境がいまいち。少しづつやろう。GIMPはphotoshopと肩を並べるくらいの画像処理ソフト。

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2005.09.19

続き

身辺の整理をして、その花畑のあるホスピスに入り、静かに死を受け入れる。『雨あがる』は、黒沢監督の遺稿で、主演が寺尾聡。まあ、それなりに見ごたえのあるヒューマンな映画だ。
よく分からなかった前の二作も含めて、共通した印象を述べるならば、「人のために生きる人は美しいし、幸福だ」ということ。偶然にも、みんなそのことに気付きはじめたのだろうか。『聖なる予言』の偶然の一致や「科学の船を出して、戻ってきた答え」を思い出させる。

今日は仕事。早く終わったので、いつもと反対の電車に乗って終点の駅まで行ってみる。毎朝、この駅で降りたくない、このままずっと終点の駅まで行ってみたい。といつもそんな風に思っていた。今日はそれを実行してみた。といっても仕事がちゃんと終わってから。そこは、どうしても行ってみたかった街。風や雲が流れる町。川のある落ち着いた街。夕焼けが似合う街。ちょっとした小さな旅行。

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映画を4本

『海は見ていた』『茶の味』『花』『雨あがる』を立て続けに観た。前者二つは、意味が良く分からなかった。『花』は、別れた妻の遺品を取りに、日本橋から鹿児島の指宿まで、相棒と一緒に旅をする話。高速を使ってではなく、国道1号線、2号線、3号線と辿って走る。主人公は現役の弁護士で、休暇を使って、かつて妻だった人と一緒に旅したコースを辿る。そして、その人の遺品とは、主人公が、活躍した裁判を扱った新聞の切り抜き集と、二人の思い出の花、忘れな草の花畑だった。それを見た主人公は号泣する。癌に侵されていた主人公は、

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2005.09.04

旅は、人を変える

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『マジソン郡の橋』を観た、あまり期待してなかったのだが、最近観た映画のなかでは、『セカチュウ』と同じくらいに印象に残った。『セカチュウ』は若いまだ十代の恋愛を描いたものだが、『マジソン郡の橋』は40代〜50代の中年の恋愛・不倫を描いた映画。どちらも出会いのシーンは甘く切なく美しい。とくにアイオワ州の田舎が美しく描かれていた。そんな鄙びた田舎の橋にまつわる美しい話。それが日本の映画になると、こうは美しくない。例えばこれも先週観た映画、『津軽じょんがら節』。テーマはちょっと違うけれども、けっして美しくはない、というかあの場合は、不気味な美しさ、悲しさだ。といってそんな邦画もけっして嫌いなわけではない。斉藤真一さんの津軽やゴゼ、あるいは国領経郎さんの描く砂丘や風紋や轍の絵に惹かれ、津軽や下北を旅したことがあったが、この 『マジソン郡の橋』の主人公も、そんなふうに風景を撮って歩くカメラマンだった。旅は、人を変える。一生を左右するような運命的な出会いが、旅にもあるようだ。というか、出会いこそ旅そのものといってもいいし、生きてる事を旅と考えてもいい。映画ではクリント・イーストウッドが、かっこ良く演じていた。そして、メリル・ストリープも美しい。でも原作では、きっともっと内面の葛藤を、いろいろ細かく描いているに違いない。さっそく買って来て、『セカチュウ』に引き続き原作を読んでいる。

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2005.08.28

なごり雪

あの頃、古里の寂れたホームを朝夕乗り降りして、学校通いながら、
なにを考えていたのだろう。
なにを夢見ていたのだろう。
世界をどのように感じていたのだっけ。
たぶん夢を持つことより、おびえていたのだと思う、
あまりに世界が大きい事に。
世界はあまりにも美しすぎて、
かえって絶望していたのか。
そして女性も。
それと自分を比較して
心を閉ざしていたのか。
そんな微妙な気持ちを
映画『なごり雪』は思い出させてくれた。
大林監督のおせんち!

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2005.07.24

骨に想いを寄せる

『世界の中心で、愛を叫ぶ』をDVDで観てみた。切なくなる映画だった。悲しいけど泣けなかった。でも、ずしんと心に響いてくる。自分には愛した人をなくした経験がない。でも、ただ別れるだけでもあれだけつらいものなのに、自分より先に愛する人が死んでしまったら、やはり相当つらいものだと思う。気になって、本まで買ってしまった。原作と映画は話がだいぶ違う。でも共通してるのは、『骨』にたいする気持ち。骨になってまでも愛していたい。あるいはその骨を食べてしまいたい。そのくらい好き。つまり、形として思いを寄せたいという究極の気持ち。映画では骨をオーストラリアの風に撒いて主人公はある意味、そのラブストーリーを完結させる。本でも『祖父の恋人の骨』に寄せる祖父の愛を描く。永遠の愛を形あるものに託して不滅のものにしたいということなのだろう。でも本のおしまいのほうには、亡くなった人のことを自由に想像することで、美しくある。というようなことが書かれていた。形に寄らない愛なのか。
あの若者、ミラジーノのCMにでてくるあいつはかっこいい。もちろん長澤まさみはもちろんかっこいい。そして二人の出会いのシーンはやはりいい。釣り竿に引っかかるシーン、そしてバイクで出かけるシーン。ラブストーリーの出会いのシーンはいつも胸があつくなる。だからこそよけい悲しく切なくなる物語でもある。

ラスト少し前のギターの音楽がよかった。それからやはりラストの平井けんのうたが胸を打った。

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2005.07.23

裏打ちリズムの意味を関口に教えてもらった

『スィング・ガールズ』を観てみた。何回も涙がぼろぼろ。なぜだろう。特にあのメンバーたちは、関口が横断歩道を渡る時のメロディ−に裏打ちリズムを理解したのだろう。それをメンバー全員にそのことを伝えてから、みんなの腕が確実に上達していったように思う。その関口の解説で、ジャズには門外漢のこの僕も目からうろこが落ちるように、理解できたような気がする。そのリズムを刻めるかどうかはまた別問題なんだけど、本番で関口が一番最初に立ち上がってトローンボーンのソロを吹くシーンでは、涙があふれてとまらなかった。それから竹中なおとのジャズを愛してる先生役という脇も泣かせてくれる。とにかく、音楽に心動かさせる心を映像にして観せてくれた監督、ブラボー。(スタンディングオベーション)

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2005.06.28

『キー坊とチーチャ』?

こんな呼び方があるのだろうか? 誰かがそんなふうに呼んでたような記憶がある。上田正樹さんとジャズ・サックス奏者の朝本千可さん。最近、二人してTVに出る機会が多い。夫婦仲がいい秘訣は? なんていうような番組にでたり、今日は三崎にある二人のご自宅をTVで紹介していた。キー坊が随分、ガーデニングに凝っていた。それに住まいやライフスタイルなどを紹介していた。オープニングは、二人のお庭でのセッション。チカさんはサックス、キー坊はアコギで二人仲良く演奏を楽しんでる。いったい二人の音楽の源泉はどこにあるのだろうか? こんな癒しの家にあるのは間違いがないだろうけど、本当にそうかな? なんていろんなことが頭をよぎる。そして、ナベサダのことが思い浮かんだ。彼も音楽なしでは生きられない人間。「金にはなるけど、面白くないね」「金にはならないだろうけど、彼は音を楽しんでるね」そんな発言を思い出す。人に媚びると金にはなるが自分を見失ってしまう。媚びないとミューズはささやくが、金には困る。まあいつもの反比例というヤツだ。キー坊とチーチャだって、そうやって人が生活する世界と離れたりくっついたり…、そして帰るべき場所としての我が家がある。本当のところ、そんな暮らしのなかにこそ音楽はあるだろう。そして浮かんできたのが高田渡が唄う『マイブルーへブン』。

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2005.03.25

『優しい時間』を観てみた 最終回

あ〜あ、とうとう終わってしまった。
どう考えても続きはありそうもない。
しっとりした良いドラマだったと思う。
マスターと拓郎が再会できて
そして仲直りできて良かった。
なんて月並みなんだけど、
再会のシーンはやはり涙なくして見れなかった。
拓郎は、あの作品にすべてを賭けていたのだと思った。
梓が言った言葉「会えなかった時間すべてが詰まっている」と。
あれは良い言葉だと思う。
あんな風に、すべてを賭けて生きたことがあったろうか?
あったと思うんだけど、そんなときのことを重ね合わせてみる。
最後にズームアップしたお店の格言。
「森の時計はゆっくりと時間を刻む」だっけ。
現代人は経済というモンスターに飲み込まれて、
大事なものを忘れてるのではないだろうか。

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2005.03.19

『優しい時間』を観てみた vol.10

ペンションの経営者、滝川は大したモンだ。そして美可子も。
なぜ大したモンだと思うのかというと、自分だったら
恥ずかしくて人前に出られないだろうなと思うのに、
彼と彼女はそれなりに「しょうがないね」なんて感じで
照れながらも、性懲りもなくマスターの店に
顔をだしたりする。不倫なんて「よくあることさ、
しょうがなじゃないか」なんて感じだ。まあ、
倉本さんが、NHKとケンカして札幌に移って、
トラックの運ちゃんを決意してた頃、
すすきの飲み屋で、いろんな底辺に生きる人の
さまざまな話を聞いたらしい。
それが彼のいまのドラマの基礎になっているという。
そして、彼や彼女や奥さんのことを
しょうがいなと思いながらも
暖かく、しかも
他人の不幸を喜ぶといった真実の姿もみせながら
見守るお店にくる人々。

そしてストーリーはマスターがなぜ、息子の拓郎を
許せなくなったのか、本当のところをあかしていく。
それは拓郎の入れ墨に関係があった。
拓郎はその入れ墨を消そうとして、
焼けた茶碗を腕につけたのだった。
う〜ん、切ない。
今の時代、レーザーで入れ墨がとれるらしいのに、
なんて思いながら観てしまった。

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2005.03.11

『優しい時間』を観てみた vol.9

雪の結晶のペンダントは美しかった。そして、梓の願いが叶ってマスターも拓郎もふたつのペンダントをそれぞれ付けていた。そしてブレスレットも美しかった。上富良野神社のお守りが梓のでないと知って、父親親以外にないと知って流す拓郎の涙も美しかった。心から反省してるんだろう、その心が見えた。そして、ゆるしてやることが出来ないことに悩むマスターもそろそろ雪解けみたいにだんだん心が融けてきたみたいだ。それも、梓を初めとする周囲の暖かい眼差し、そして時間。二人してどこかの喫茶店で待ち合わせるシーンには、胸が熱くなった。特に今回は拓郎の演技が光っていた。キョンキョンは今回一回限りのゲストなんだろうな。

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2005.03.04

『優しい時間』を観てみた vol.8

すごい吹雪でしたね〜。自分の田舎の秋田でも地吹雪のすごさは知ってるつもりなんだけど、現役の山岳部の人達までがマジに遭難してしまうような、あんな吹雪は体験したことはない。北海道の冬は、ものすごいんだろうな。自分の友人に、北海道大学を卒業したのがいるけど、「北海道ってどこがそんなに良いんだ?」 と聞いたら、「冬は確かに厳しいけど、遅い春が一気にドド〜ンと一斉にやって来るンだ。そこが好きなんだ」ということを言っていた。「寒さに震えたものほど太陽の温かさを知る」とは誰がいってんだっけ。うなずけるような気がする。今週はそんな吹雪を背景に、ストーリーが一気に展開したような気がする。拓郎のかつての家庭教師だった、堂本(石黒健に似ている)があらわれて、マスターは拓郎の知られざる高校時代の話を聞く。そして梓は、拓郎に振られたと思ったのだろうか? とんでもないことに…。拓郎君の展覧会に打ち込みたいと言う気持もわからないではないが、あそこまで冷たくすることないと思うな〜。来週は、なななんとキョンキョンが登場するらしい。楽しみ〜。それにいつかはわからないけど、杉田かおるも特別ゲストで出演するらしい。
これはエッセイにあったのだが、倉本さんは今でも原稿を手書きで書いているらしい。そしてつい最近まで、それを封筒に詰め、麓の郵便局まで車で出しに行ってたそうだ。そしてその行き帰りに季節の移り変わりを感じていたらしい。ところが最近、それをfaxで送るようになってから、季節の移り変わりを感じることが出来なくなったと。書いていた。

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2005.02.25

倉本さんの『優しい時間』を観てみた vol.7

今週は登場人物の過去がそれぞれすこしづつ
重なって、その重なりのダブルイメージで
ストーリーは展開していくといった感じがした。
たとえば、サブちゃんはかつて「森の時計」のある
この場所で生活していた。そしていつか離農して
この土地を離れていった。その土地を思い出して
訪ねてきたのだった。マスターはその当時の事に
思いを馳せる。
ここでは土地というイメージが時間を異にして
重なっている。
また「喫茶店」に夢を賭けて挫折していった
お客の親である年老いた女性が、
かつて住んでいたこの土地に40年ぶりに訪ねてくる。
これもまた土地と夢にまつわるイメージが重なる。
マスターはこれにもおそらくイメージを
重ね合わせたに違いない。
そしてそこには親子の問題もあった。
今度は拓郎との確執の問題が重なってくる。
マスターは北時計に行って、真相を聞かずには
いられなかった。そこで朋子(北時計のママさん)に
「そんな風に悪意の目で見るから親子の仲が修復できないのだ」と
いわれショックを受ける。
そしてその原因のひとつになっていたであろう
「仕事」。それがお客として訪ねて来たかつての
同僚とのイメージがマスターに去来する。
しかしマスターはそこではっきりと表明する。
「コーヒーを淹れるだけではなく
自分の身の回りのほんの些細なものに
目を向けて行くのが仕事なのだ」と。それは、
サブちゃんがかつて生活していたこの森、この土地、
そういう身近なもの、そうゆうもの
の本質を問うということからイメージは
はじまって親子の問題も、
身近な些細なことに愛情をもって
目を向けていくととが大事なんだという、
倉本さんのメッセージが聞こえてきそうでR。

追記:昨日は2回もテーマソングが流れた。セロをバックに
朗々と歌う平原さんの歌ははやりグットくるものがあった。

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2005.02.18

倉本聰さんの『優しい時間』を観てみた vol.6

二人の間を取り持つというか、
関係を修復させる役目なのか、
梓は、ある意味でわがままかもしれないが
気持はよくわかるし、普通ならしてはいけないようなことを
やってしまうんだよな〜。それが彼女らしくいいところ。
それゆえ、いままでいろんな問題もかかえてきたのだろう。
長澤まさみは自分の役、梓に「ガキだな」とそんな感想をいっている。拓郎にはちょっと酷かもしれないけど
昨日のドラマではマスターにとっては
逆療法的な効果があったかもしれない。
それに梓に彼氏を紹介するといわれて
嬉しそうなマスターの顔ったらなかった。
黄色い洋服をきて雪のペンダントをつけた梓は
可愛いと思った。ショートヘアーもいいなあなんて思った。
それから、時計メーカーに勤めてるいるという
ペアルックの親子。その父親がいった
一年かけてゆっくり一回りする
時計を作るのは難しいというコメントが印象的だった。
ちょっと詳細は忘れてしまったけど。
途中で挿入された主題歌とは別の歌。
あれも良かった。イライラした心がいやされた1時間。
あっという間にすぎてしまう。

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2005.02.11

『優しい時間』を観た vol.5

今回のお話は、拓郎が意外にも母親を自分が殺してしまったことに反省してる様子。そして父親・マスターに対する思いやりというかこれも反省なのだろうか、父親に対して優しさを見せる部分。このドラマのタイトルそのものみたいだ。そして梓もそのことに疑問を抱き、拓郎自身に「どうしてそんなにお父さんに優しくなれるの。なのにどうして会おうとしないの」と聞く。でも拓郎は何も答えなかった。その理由はいずれわかるだろう。

長澤まさみさんが助演女優賞を受賞したらしい。セカチュウにでてたらしい。なんとも初々しい純な演技だ、納得。それから、お客さんでカメラマン。かれがやって来てペペルイで動物を撮ってきたと言った。そのペペルイはどうやら富良野の近くらしい。倉本さんが『北の国から』を書くきっかけの一つになったのがそのペペルイにあった離農者の廃屋であった。そこに座って沈思黙想してこうそうを練ったらしい。それから毎週でてくる変なお客。その意味がなんとなく解ってきた。倉本さんはキャストを考えるとき、陽と陰を考えるらしい。たとえば北の国から。黒板五郎役は高倉健、緒方健、藤竜也、中村雅俊、西田敏行が候補だったらしいが、最も情けなく、だらしなく、欠陥だらけに見えるのは誰かということで田中邦衛に決まった。そして子役は300人のオーディションのなかから吉岡秀隆、中島朋子に決定。その時に問題になったのが、キャスティングが地味ではないかということだったらしい。それで陽と陰のバランスということで、岩城滉一、いしだあゆみ、竹下景子といった脇役を決めたという。そういう意味でこの『優しい時間』も陽と陰、あるいは静と動。ということを考えているのかな? と。だいたい喫茶店のシーンが多いこのドラマ、必然的に動きが少なくなる、しかも落ち着いてはいるがテーマからしてそんなに明るいテーマではない。そんなことを考えて脇役の人たちを思いっきり明るいキャラクターで固めているのではないか? と思った。今また、エッセイ集『愚者の旅ーわがドラマ放浪』というのを読んでいる。倉本さんの学生時代からドラマを書きはじめた頃の話。NHKとケンカして北海道に住むようになった話。それから富良野へ移って『北の国から』をかくにいたった経緯。引きずり込まれるように読んでいる。そして彼の書いたシナリオ。シナリオとい形式も珍しいけど、それを「理論社」から出したわけ。その他、こんなに興奮して読んだ本は最近ないことだ。

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2005.01.28

倉本聰さんの『優しい時間』を観た  vol.3

今週は、いくつかの謎が解けた週だと思う。反対に謎が深まった部分もあったけど。お客がミルを挽くのは、めぐみさんの生前の意向だった。かつては自分もそうしたことがあって、お客にミルを挽いてもらう、そしてその分お金を多く取る。というものだ。マスターもお金を多く取ることにはびっくりしてた。そして自分も分からなかった。どなたか分かる人いますか〜。あるいはその謎もまた、徐々にわかる仕組みになっているのだろうか? それから、拓郎がせっかくほんの少しでも、父親に心を開こうとして、何かを話そうとしてるのにマスターは心のどこかに、無意識のうちに息子を攻める気持があるのだろう、拓郎の話を聞こうとしない、こうあって欲しいというこうであるべきだという父親の論理を押しつける。そのへんの微妙な演技が上手かったよ寺尾さん。そして余貴美子さんの酔っぱらった演技も上手し色気がある。どんな人なんだろうそしてどんな役どころなんだろう。期待が膨らむ。そして梓、彼女の過去もだんだん明かされてきた。傷つきやすい年頃なんだな、きっと。拓郎! 梓に優しくしてやるんだぞ。そして木の陰で見せた涙の演技や親方の息子とその彼女を迎える部分、よかったぞ。

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2005.01.21

倉本聰さんの『優しい時間』を観た  vol.2

今週はフライフィッシングではじまった。 映画「リバー・ランズ・スルー・イット」の原作、ノーマン・マクリーンの『マクリーンの川』を彷彿とさせる。行ったことはないが、モンタナの森かあるいはメインの森といった感じ。あるいはヘンリー・デービット・ソローの『森の生活』か。そんなアウトドア気分いっぱいに、ウェーダーを着た二人のキャスティング