« Flatfooting | トップページ | やはりアショカン・フェアウェル »

2012.02.20

愛について語るときに我々の語ること


村上春樹訳のレイモンド・カーヴァーの短編集を読み始めました。『菓子袋』『風呂』等が印象に残りました。小説にとってあるいは「村上春樹」さんにとって何が問題になってるいるのかということが、なんとなく分ってきました。素人の気安さで言わせていただくと、それはズバリ「リアリティー」なんだと思いました。おかしな話だなと思っても、手法として真実をそのまま語るよりもリアリティーを求めている、たとえばカフカの『変身』の様にです。特に『風呂』はシュールリアリズム的な感じがして、現実にはあり得ないけど、現実以上により現実的。だからこそ登場人物の心理をよりリアルに伝えているように思います。そういえば、村上さんの小説もそうじゃないですか。関係ないですけど、ニールヤングの「ヘルプレス」カバーでお届けします。

|

« Flatfooting | トップページ | やはりアショカン・フェアウェル »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Flatfooting | トップページ | やはりアショカン・フェアウェル »