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2007.04.01

スロウ・ボートには水丸

読みかけの村上春樹の初期短編集を読み終わって、もっと面白い本はないかな〜 なんて近くの書店に行ったら、チャンドラーの春樹訳があったので、早速購入。川の道端に咲いてる桜やハナニラ、そのほか名前を知らない花々が春欄間といった具合に咲いてる中を家に帰って来て、エミルー・ハリスやニルソンのCDを聴きながら、『中国行きのスロウ・ボート』の主人公が中国人の彼女に嘘をつかなければいけなかった哀しい理由について、ジュースにウィスキーをたらしたものを飲みながら考えながら、あちこちのブログの新着記事を読みながらこの記事をかいてる今です。そんな風に過ごしたくなるほど、哀しい事に打ちのめされるということもあるのだ。「人間ってなんて哀しいんだろう」。ある事をひたすらに隠すためにとる行動、くせ。もちろん理由があってのことなのだ。そんな日に、春樹の短編集、特に表題作や『午後の最後の芝生』はよく似合う。安西水丸の装丁のイラストはかっこいいけれど、スロウ・ボートにはアッテルノ? まあそこが水丸なのか。

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