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2007.02.28

日記らしい日記

自分一人だけに仕事が集中するのは良くないということなので、自分に来た仕事を周りの人にお願いした。そしたら自分のやることがなくなった。なので今日は、神田神保町界隈の本屋さんに行って、中面のレイアウトフォーマットの勉強になりそうな本を探すことにした。あの界隈はあんまり行ったことがない。お昼に「いもや」の500円天丼が美味しいと会社の人にすすめられていったのだが、きょうはのれんがでていなかった。しょうがないので、ドなんとかというカレーやさんに入った。美味しいことはおいしいのだが、1400円。そこまでの値段かな〜なんて思いながら食べた。それから本屋さんまわり。それが疲れる〜。ただ歩くよりも腰にくる。30分も歩くともう耐えられない。結局池澤夏樹の「星の王子様」を購入。レイアウトの参考になる本は結局1冊もなかった。つまり世の中には自分の気に入った本がほとんど無いということに気づいた。ならば自分でつくるしかあるまい。それが無図か死んだな_。自分だけよくてもだめみたいだ。「★」はいままで何回か読んだけど、読むたびに違う感想をいだいた。今度はどんな感想をいだくかな?

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2007.02.27

PCが2台に

ここのところ、我が愛用のmacminiが息子に乗っ取られ状態。暇があればオンラインゲームやらなにやらコソコソやっている。自分はといえば、自然とPCから遠のいていた。これではまずいと思い、車を売ったお金でwinの中古pcを買うことにした。卒業アンド入学祝いも兼ねている。日曜日に息子と二人秋葉原へgo。駅を降りるといるわいるわ、メイドさんがチラシを持ってたくさん突っ立ている。その光景に息子は大喜び。大通りはホコテンで若者達でごった返し、コスプレ系のお姐さん達のパフォーマンスで賑わっていた。そんななかを中古PCを探す。結局ソフマップさんで中古デスクトップの本体と17インチの液晶モニタを選ぶ。OSはXPで、DVD-ROMを書き込みできるタイプ。CPUもそんなに古くないヒューレッド・パッカード製。いちおう外国製なのだ。ヒカリのキャンペーンがあって、それに加入すると2万円引き。いやならその後5000円を支払って退会しても良いとのこと。それにセキュリティのソフト6千円相当を1千円に。さらにスキャナ付きプリンタが数千円(あんまりいろんなのがくっつくので本当はいくらか結局わからなかった)。それに3年間無料保証がついた。全部でまとめて5万程度。こんなに安くていいの…という感じ。一刻も早く動かしたい一心で、配送を断って手運びでヒーコラ家まで運んで来た。今まであるMACと複数台接続するためには、ルーターが必要であることがわかった。それで今日は会社の帰りに、ビックカメラさんに寄って買って来て、接続してみた。やった〜。2台とも繋がったぞ〜感激! これで以前のように心置きなくPCにむかえるというものだ。

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2007.02.26

さよならジープ

昨日車を手放した。7・8年乗ったろうか。流線型ってなに? というような角ばったデザインが気に入って買った。最近、あんまり乗らなくなって、ただおいて置くのはもったいなくて手放すことにした。4DWってどんな感じ? 外車って? 4000ccはどのくらいの馬力? 当時はまってたアウトドアには持ってこいの車。ネットで検索し手ごろ値段の中古をゲットした。燃費は悪い、故障もそれなりにする、立て付けが悪く雨漏りがしたりほこりが中に入る。山道なんか運転していると、運転している自分が酔ってしまうほどクッションが悪い。それでも好きだった。日本では4WDにして走る道はほとんどないというのが実感だった。たかが物だけれどなければ出来なかったキャンプの思い出。あそこにも行った、あんなこともあった。ああこれでどこへも行けなくなったかと思うとやりきれなくなった。これからはレンタカーにしようと思う。それでもやはり今までよりも行動半径はせまくなるだろう。そのぶん歩きや自転車にして体を動かすようにしようと思う。

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2007.02.25

老人宣言とは?

NHKをみてたら、我らが時代のヒーロー・横尾忠則氏の番組がやっていた。「人間ドキュメント 横尾忠則・70歳のY字路」という番組である。今年70歳になるという氏はとても元気そうに見える。20代30代で唐十郎や寺山修司の芝居のポスターを描いて一世を風靡し、怖いもの無しだった。40代後半でそれまで活躍していたグラフィックデザインの分野から突然画家に転身した。50代、60代の模索の時代を経て、70代にしてやっと自分の本当に描きたいものに出会った。それは「Y字路」絵だ。転身したきっかけはピカソの展覧会を見て「事件」を自分に招き寄せる道を選ぶ。それは彼の芸術観でもあり人生観でもあった。のんべんだらりとした日常を捨て、刺激的な日常にあえて身を置く。芸術もまたしかり。今まで構築してきた画面にあえて異質なもの、つまり破綻を描く。絵はそれら破壊によって新しい展開をみせる。とはいっても、何を描いていいのか、模索の時代は続いた。ちっとも楽しくない、何度辞めようと思ったかわからない時期があった。それに実生活面でも60代は病気のオンパレードだったらしい。そんなときでも基本は遊、そんな要素も逆に考えた。そうやって表と裏、光と影、その総合として今の70代があり、今ようやく本当に描きたいもの「Y字路」をみつけた。つまり老人宣言である。老人それは光と影の総合。やっと花が咲くときがやってきたというかれの宣言なのだとおもった。かっこいい。流石天才。目からウロコ。やはりただものではない。日常に風穴をあけるような事件よやってこい! と僕も叫びたくなった。でもあんまり大きな事件はちとこまる。あはは、やはり凡才なのかな?

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2007.02.24

二つのアンサンブル

ある新聞に越前クラゲのことが載っていた。日本海近海で大量発生している。体長が1m近くもあって漁師さんの網にかかって、漁の邪魔をして大変な嫌われものらしい。であるが、癌に効く成分がこの越前クラゲからとれるらしく、医学界では期待されてるらしい。

ある人が曲をつけてくれた『半分、それは…』という詩。最後のフレーズ、半分、二つのコントラスト、二つのアンサンブル、とあるように、言いたかったことは、
物事の光と影、表と裏、そのコントラストがアンサンブルであり全体であり、その妙がその人そのものだということ。

息子をみて思うことがある。自分の息子だから息子もまた同じようなことで悩んでいる。それは摂理なのかもしれない。だからこそ自分でありまた息子である。彼は影の部分として静かに受け入れている。しかし、決して飲み込まれてはいない。そこがすごい。それがあってこその光の部分を見てみれば、すごい。光と影、全体としての息子。おおいに学ぶところがある。

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2007.02.19

薫玉ラーメン事件

先日、家族でラーメン店に行ったときの話。お店の前の幟のラーメンがおいしそうで、僕は入る前からその薫玉ラーメンに決めていた。メニューを見るふりをしたが、それは意味がなかった。息子は味噌ラーメン、カミさんは普通のラーメンをそれぞれ注文した。が、気が変わったカミさんはトッピングに薫玉を追加で注文した。しばらくするとお店の人が「薫玉ラーメンの方?」というので手を挙げた。それぞれがそれぞれの注文した品を食べはじめた。職場の近くのちゃぶ屋のラーメンよりは落ちるがまあまあおいしいラーメンだなと思いつつ、ちゅるちゅる麺をすする。自分は結構食べるのが速い。あっという間にたいらげてしまった。息子やカミさんはまだ半分くらい残っている。と、なんかが足りないことに気づいた。そう、薫玉が入ってなかったのだ。「あれ、卵が入ってない」と、僕は低くつぶやいた。それを聞いたカミさんが反応した。「ほんと? じゃあ私が言ってやる」「あっ、やばい」なんかヒートしそうだなと思ったら、もう店員さんに食ってかかってしまった。けんかを売られたようなものの店員も「僕は入れたのを確認しました」などと応戦している。「ああ、始まってしまったか」と思いつつそのやり取りを聞いてるうちに、ヒラめいた。カミさんに「卵もう一つ入ってないか?」と聞いてみた。言われた通りラーメンのなかをかき回すカミさん。顔色が変わる。「あっ。あった」。なんとカミさんのラーメンに卵が二つ入っていたのだ。これで消えた卵の行方がわかって一件落着? と店員さんは引っ込んで行ったのだが、なんか今ひとつ納得が行かない。僕は二つ入ってる卵のうちの一つをもらい、情けない思いを抱きつつその卵を食べたのだった。「なんと小市民的なやり取りなんだろう」。冷静に考えれば店員さんが自分とカミさんの注文の品を間違えたことにあるのだ。支払いを済ませるレジでその店員さんは「どうもすいませんでした」と謝ってはくれたものの、なんとも小市民的なセコい自分達のこの暮らしを思い知らされた一日の締めくくりだったのだ。トホホ。でも美味しいのでまた行ってみようとは思うのだった。

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2007.02.10

もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に

曲をつけてもらったお礼に、その子ために自選CDのプレゼントを思いついた。彼女の趣味はそんなには知らないけれど、まったくよけいなお世話の全くお世話様なのだが、押しつけのおじさんのわがまま CDをつくった。今の気分の選曲で。渡中心で選んだ70年代の日本のフォークシーン。どんな風にきくのだろうか? 僕に語れるのは、どんな気持ちでそんな曲を聴いたのかだ。タイトルは「誰も聞かなかったフォークソング集」選んだ曲は1.失業手当(クビだ)高田渡(bestLive)から2.69高田渡(bestLive)から3.こいつは墓場にならなくちゃ.(日本来た外国詩)4.ものもらい.高田渡5.あげます.のこいのこ(1970フォークジャンボリーから6.これが僕らの道なのか.五つの赤い風船7.ふる里の言葉は.五つの赤い風船8.もう終わりさ.朝比奈逸人9.私の自転車.10.絵葉書.友部正人11.かんしゃく玉.佐藤博12.風太の失恋.青木ともこ13.ライ・ウイスキー.朝比奈逸人.14.ガムをかんで.ディランセカンド.15.うたを歌って.朝野由彦16.生活の柄.高田渡17.Teach Your Childen.田中亜矢といった具合。今の気持ちに素直になって選んだ曲達です。70年代の雰囲気が彼女の少しでも伝わればいいな〜。たまたま彼女の話する機会があった。夢を追いかけることと、現実の狭間に…。いつの時代にもありそうな問題だ。僕にとって青春を語るしかあるまい。僕の青春は挫折、暗澹、閉塞、はみ出しからはじまった。そんな気持ちをストレートに表現する奴らがいた。それは高田渡をはじめとするフォークだった。金子光晴を知り、山之口貘を知り、ラングストンヒューズを知った。そして僕に重ね合わせて考えることを感じ、考えることを学んだ。そのことを語るしかあるまい。押しつけではなくそれが彼女への未来への答えになってくれたなら。もし興味をもってくれたらのvo.1なのである。もしかして、井の頭公園でのガレージセールの為に。

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2007.02.08

『半分それは』を聞いてみる

その子は会社にギターを持って来た。
ハードケースに入れて。
誰かが言ってた、
面白い変な会社。
それこそ望むところだ。

それは、6時過ぎにやってきた。
ミニミニコンサート。
社長が彼女の前にビールを飲みながら
陣取っている。
ギターの調弦がはじまる。
なんだなんだと皆がステージ代わりの
応接机の前に集まってきた。
恥ずかしそうに、なかなか歌わないが、
静かに始まった。
4拍子のアルペジオにのって。
「♪半分、それはサイレント
♪半分、それは道端に揺れる草の影」
歌われることを意識しないで
作ったので、詩の順番がかわっている、
そして語尾やいいましも。
それがまた面白い。
それになんて言っても
自作の詩が歌われるななんて
はじめての経験だ。
ほんと、フォークソングぽい曲だ。
もう何回か聞いたら自分も
歌えて弾けそうだ。どうもありがとう。
なんか勇気をもらったみたいな気がする。
そして、みんなも意外な
尊敬のまなこでその子のことを
見ていて拍手を送っているのだった。
そして作詞者の自分としてもちょっと
鼻が高いのだった。
音やその雰囲気を伝えられないのが残念である。

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2007.02.05

『半分、それは…』に曲がつく

以前、『半分、それは…』という詩を書いたことがある。
そしていつだったか、
仕事で自分が面接をした娘がいた。
その娘は、やはり癒し系だった。
一人のところ、二人採用という事になって
それからまじめに来ている。
みんなにとけこんで微笑みを振りまいている。
その人が自分のこの詩に曲をつけてくれた。
趣味で作曲をするという事を聞いたので、
いくつか詩を渡した。
そしたらそのうちのこの詩に曲を付けてくれたのだ。
うれしい。
どんな曲なのか音符が読めないので
まだわからない。
なにやらフォーク調に仕上げてくれたらしい。
どのように皆さんに伝えたら良いか
乞うご期待ください。
とりあえず、詩を再びのせることにします。

『半分、それは…』

半分
それは沖縄の照り返すような光
それは一本道の道ばたに生えてる名もない草の影
ゆれる草の影
果てしなくどこまでも続く消失点
風が道の砂を巻き上げ
空っぽの心に
ライクーダのボトルネック奏法

半分
それはサイレント
それはフリーダムジャズ
静かな深い湖
何処へゆこうとするのか
とりとめのない騒音
ニューヨークの闇と
ソーホーの犬の糞
自由なアーティスト

半分
それはポジ
それはネガ
すぐそこまできている花の宵
花の陰に揺れる恋人たち
その匂いにむせる心と心
涙を流したあの丘

半分
二つのコントラスト
二つのアンサンブル

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