« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006.11.28

山の駅

Yamanoeki
疲れ果てて、山道を歩き続けると、里山の駅が眼下に見えて来た。ほっとする一瞬。ああ来て良かった、山の駅よ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.27

冬の木々

Fyunokigi2_1
冬の凛とした空が好きだ。その空を背景に裸にされた木々たち。そんなものをみながら散歩するのが好きだ。木々達は寒さに丸裸にされ、そして春の未来像までも透かしてみせてくれる。だから冬の木々は明るい。樹液の涙さえ今は決して流さないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.26

伊豆ケ岳へ

もう、体がボロボロです。息子は何ともないらしい。あれは、毎週やるならば必ず痩せること請け合います。すごい運動量なんですから。降りる為に登るのか、登る為に降りるのか、とにかく登ったり降りたり、これでもか、これでもかといった具合に続いて、途中死にそうになりました。息子がいたので、弱音は吐かないようにしていましたが、その息子は死んだような顔をして仕方なく歩いてるようです。そんなとき、どこかの若者が断崖絶壁のところをMTBで涼しい顔をして走っていました。どんな風に、木の根や木柵の段がある坂を降りるのか、見ていたらさすがに直前で降りて、担いで降りてました。世の中、すごい人もいるもんだと思い勇気づけられました。Kusariba
Kusaribatyoujyou前半の難所、くさり場があり、簡単な女坂も選べるんだけど、危険な方の男坂を選んでしまいました。男にはプライドがあるからしょうがないですね。登りはじめてすぐ後悔してしまいました。足がぶるぶる、お〜こわ〜、息子は平気そうです。全長50メートルはあると思われる、垂直に近い岩壁を足がかりはあるものの、くさりだけがたよりです。その岩の頂上が♪小槍の上でアルペン踊りを踊りましょう♪という感じで、人が一人座れるかすわれないくらいの断崖絶壁、おーこわ〜、震えながら写真を一枚。その岩を回り込んだ所がこの伊豆が岳の頂上です。のぼりはじめて2時間くらいたっていました。子供を連れているのが珍しかったのか、ベテランの方々にお声をかけていただきました。まだ10時頃だったので、先の行程でお昼にしようと先へ進みました。Tenbou_1こんな風景を楽しみながら、古御岳までは進みましたが、その後がアップダウンの連続、苦しい苦しい、ただひたすら黙々と歩きました。鐘がなる「子の権現」というお寺で2時ころ遅い昼飯を食べました。あとは吾野駅までひたすら下るだけ。だんだん駅に近づいて里になってくると紅葉が奇麗で癒されました。「やっぱり来て良かった」と息子も言ってくれて、「また連れて来て〜」とリクエストがありました。Kouyou_1本当は写真だけではなくて、イラストなんかでも紹介できると良いんですがね〜、 中村みつを.さんみたいに。
12月25日(土)、今回の登山コースは埼玉県奥武蔵の伊豆ケ岳。西武秩父線「正丸駅8:00→正丸峠8:50→小高山9:20→伊豆ケ岳851m10:00→古御岳10:20→高畑山11:00→天目指峠12:20→子の権現2:00→吾野駅3:00といった具合。後半はかなり休憩を入れたので時間がかかってます。歩いた距離は14.5kmです。天気は快晴でした。

| | コメント (4) | トラックバック (3)

2006.11.23

服に付くあれ

息子がお友達を家に呼ぶというので邪魔にされ、家にいられなくなって、郊外に出かけてみた。
Fukunitukuare
池があったので常駐の竿にセブンイレブンで買ったソーセージパンを餌に付け、糸をたれたらこんな魚がつれた。Osakana_1
毎年、勤労感謝の日は仕事をしてるような気がしていた。今年こそは休もうと思って、日曜日も仕事をしたのだった。なのに、今日は家にいられない日となて、まあそれもいいかもしれないと思った。一応仕事は、昨日で区切りがついて、気がつけば秋なのであった。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006.11.19

『巡礼者たち』エリザベス・ギルバートを読んでみた

016671860000ジェフリー・チョーサーのエピグラフが素敵なのと、松尾たいこさんの装画が素晴らしいので読んでみる気になった。なんでも、エリザベス・ギルバートはこの短編集でアメリカ新人文学賞をダブル受賞したらしい。アメリカ文学は難しいというのが今までの印象だけど、例えばOヘンリの現代版みたいな感じ、表舞台とは無関係な市井の人々のちょっとした人生論。特に一番心に響いたというか、哀しいな〜、と思った作品は『着地』。エリート好きな独身女性がアメリカ中を男を求めて放浪していた。エリートがたくさんいるだろうサンフランシスコの酒場で、男に声をかけた。ところがかれはエリートどころか、農機のロゴ入りの帽子を被り、チェックのシャツに白いソックスの冴えない落下傘兵だった。他にエリートと思われる連中がたくさんいるのだ。そして数日間彼と行動を共にする。彼のようなような人に声をかける為にここに来たんじゃないと思いながら、またエリートを求め次の土地へ移ろうとするのだけど、結局彼みたいな人間に声をかけてしまう似た者としての自分に気づく。そう思いながらも彼の元を離れなれない。あ〜哀しい、そんなもんだよな、夢を見ているようでも、結局今の自分に帰って来てしまう。同じ事のくり返しだよな。ふと高田渡の♪ふと彼に出会い、ふとキスされて、ふと彼を好きになって、ふと素晴らしいと思って…ふと彼の変化に気づいて…。というあの歌にも通じる哀しい物語。特にアメリカによくありそうな、そして日本にも、そして僕の近くにもあなたの近くにありそうなとても哀しい物語なのであった。どうやってその輪から脱出しようか。それは自らが変化することなのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.18

「同胞(はらから)」を見てみた 続き

地方の青年団と言うと、地元に住む若者の社交の為の組織といった感じで、特にたいしたことをやる訳ではない。たまにお祭りや盆踊りを企画するくらいのものだ(といっては失礼かもしれない)。兄も村の青年団に入っていたのでよくわかる。そんな青年団が、昭和50年、1975年当時のお金で、65万円の公演費に責任を持つという事は、現実的には結構大変な事だと思う。あたふたした彼らの実像が実に上手く表現されている。そんなリアルな現実を描くのが、山田洋次監督の上手いところだと思う。しかも、「ふるさと」というミュージカルを公演する「統一劇場」のオルグに扮する倍賞千恵子との交流が素晴らしい。当時、全国をキャラバンして公演するというスタイルの劇団がいくつかあったのを覚えている。自分が中学のとき、「新制作座」の芝居を感動して観た事を覚えている。地方に住んでいる子供や主婦や老人といった人たちに、自分達の作った芝居やミュージカルをこちらから、出かけて行って観てもらおうというものである。おかげで、当時田舎の少年にとっても恩恵を被ったのである。そんな運動の先陣を切ってオルグ達は、全国の隅々まで打って出たのである。彼らの熱意が青年団にも伝わり、しかもそれを観た村の子供や主婦や老人にまでそのその熱意は伝播したように思う。特に「ふるさと」というミュージカルは、西洋のミュージカルのスタイルはとりつつも、全く別もの、どろどろとした当時のあるいは日本独自のスタイルに練られていた。当時の農村の問題、開発と後継者、嫁問題等など、廻る村々同様の問題を抱えてる農村をテーマにして作られている。共感を呼ばないはずはない。ちなみに、「統一劇場」の他の作品の地方公演の回数を調べたら、」1975年当時、一つの芝居が全国でなんと四百数十回講演されていた。なんというエネルギーだろうか。その数年後に回数はグンと減って、劇団は3つに分裂して、今も尚続いているという。山田洋次監督のその後の有名なあの「幸せの黄色いハンカチ」の映画の中にも、夕張に近い村でアコーディオンを弾きながら歌声運動をしている風景を映していたが、なんとなくこの名残みたいな風景だなと思ったものだ。この「ふるさと」のテーマソングを作曲された岡田京子さんは『うたの旅』という本も出版され、日本全国をアコーディオンを肩に歌って出会った人のことを書かれている。芝居に限らず、70年代のフォークソングにもあい通じるものがあるではないか。あの熱気、熱意、はどこへいったのだろうか。山田洋次監督は「同胞」のなかで、そんな当時の若者達の熱を、素朴に実にリアルに描いたと思う。最後にラストの方で青年団団長である、寺尾は語る。いま振り返ってみると、あんな大変な事を俺たちがどうしてできたんだろう? と思うときがある。夢中になってやり遂げようとした、あのときの事を懐かしく思うと。そしてこれからの自分の人生に何回もあんな事があるといいと思うのであると。その後続く山田監督の映画作品この幸福論で描かれているように思う。「寅さんシリーズ」「幸せの黄色いハンカチ」「家族」「故郷」「遥かなる山の呼び声」「息子」「学校」などなど。哲学的な「幸福論」はさておいて、僕は山田洋次のこの幸福論が好きなのであって、もう何処にもないと思われてたもの、とっくに喪失されてたと思ってたものが、じつはまだ、というかとても身近に、足もとにあるんだということ、あるいはディスカバージャパンということを、常に考えている監督が山田洋次監督なのではないだろうか。(「同胞」と「遥かな山の呼び声」を観て。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006.11.13

「同胞(はらから)」を見てみた

DVDで「同胞(はらから)」を見てみた。昭和50年(1975年作)だから自分が高校3年生の頃の映画だ。劇場で見たのか、TVで見たのか思い出せないのだけれど、ずいぶん前に一度見た事がある。統一劇場のミュージカル「ふるさと」を岩手の松尾村の青年団が主催して成功をおさめるまでを描く。統一劇場のオルグ役が倍賞千恵子で青年団の会長が寺尾聰だ。なんといっても、何回も何回も協議を重ね、「もし失敗したらどうやって責任を取るんだ」と会員に詰め寄られ、「もし失敗したらオラのベゴ(牛)売る」というシーンが盛り上がる。つづく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.11.05

ヒップホップダンス

今日は地域の祭りがあって、息子がヒップホップのダンスを披露してくれた。小6の息子の隣のクラスの担任の若い女性の先生の発案で、同じ小6の女子生徒20人、男子生徒7人の有志が集って、約ひと月前から練習していた。どんな踊り ? と思っていたら、なんていうかジャニーズ関係のグループとかがTVでよくおどってるような踊りだ。『キューティハニー』とか聞いた事のないラップ系の音楽に合わせ踊る。一応、お母さん達が用意したお揃いの洋服を着ている。一見せ場は、側転を披露する場面。ところが家の息子君の役は違う。蜘蛛歩きというのを披露してくれた。四つん這いの仰向けバージョンで素早く走る、というもの。側転ができないので、急遽先生が、考えてくれた役だ。あんまりかっこ良くはないが、それなりに真剣にやっていたので、周囲の観客からもオーッと歓声があがる。ほっと胸を撫で下ろした。無事、ダンスが終了して、息子君が「父ちゃんやったよ」というような顔をしてしばらく自分の顔を見ていたのが、印象的だった。よっぽど自分に見せて喜んで貰いたかったのだろう。その後、演目が終わって早く会場から帰ってしまた自分をずっと探していて、家に泣き顔をして帰って来た。褒めてもらいたくてずっと探していたのだろう。素直に謝った、そして思ったよりも大分大げさに褒めたたえたのであった。

| | コメント (5) | トラックバック (1)

『image』を聞いてみた

仕事でBGMとして聞くCDを、「本日は晴天なり・・・」のぽっかぽかさんに紹介していただきました。毎日仕事しながら聞いています。僕が特に好きなのはゴンチチの「放課後の音楽室」という曲です。名前がいいではないですか。セーラー服を着たか髪の長い誰かが一人静かにピアノを弾いてるような風景が見えるようです。この曲には、上司の営業おじさんが反応しました。いきなり、CDを手に「こういうCD好きです、実は私も持ってます、私はタイタニックのテーマ曲が好き」といいました。「最近借りてくるCD、当たってますね」と反対に座ってる上司が言いました。
あえて好きな順に並べると。
1.ゴンチチ「放課後の音楽室」
2.古澤巌&アサド兄弟「ニュー・シネマパラダイス」
3.大島ミチル「風笛」
4.エンニオ・モリコーネ「愛を奏でて」
といった感じでしょうか。
少し前にTVとかで聞いた事ある曲だな〜
というのがたくさん入ってます。
皆さんも一つ聞いてみてはいかがでしょう。
特にゴンチチは好きで、
この他にもXOというアルバムもよいですよ。
特に2曲目の「Land at ALOHA [IPO IPO]という曲
が良いです。さわやかで明るいレゲエです。
3曲目の「ping-pong-song」もいいです。
卓球ソング? ピンポンとは関係あるようには思えないんですけどね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006.11.03

『朗読者』を読んでみた

今度はドイツ文学。最初はよくある恋愛小説? かなと思いながらその心地良さに浸っていたが、途中から趣はがらりと変わる。食事をするのももどかしく、一日であっという間に読み終わった。
黄疸で気分が悪くなった主人公ミヒャエルは介抱してあげたきっかけで、二人は出会いそして恋に落ちる。
ハンナはミヒャエルより21歳も年上だ。彼女の求めに応じて、ミヒャエルはハンナに様々な物語を朗読して聞かせるのだった。ところがある日、一言の説明もなく彼女は突然、失踪してしまう。その数年後、偶然にも法史学者の学生として裁判所で、偶然にハンナに再会する。そして彼女の暗い過去を知ることになる。彼女はナチスの戦犯であった。特に裁判の様子を描いた部分で「左利きだというこを告白しない限り、有罪になってしまう被告がいる。犯行は右手によるもので、左利きならその犯行はあり得ない。しかし彼は左利きだということを恥じている。君は裁判官に、何がどうなってるかを言うかい? 考えてご覧よ、彼はホモで、その犯行はホモでは行い得ないのに、ホモである事を恥じている。左利きやホモを恥じるべきかどうかという話じゃないんだ。考えてご覧、被告が恥ずかしがっているということが問題なんだ」と。これはあくまでもたとえなんだけれど、ハンナがもっとも恥じている事、そこがこの物語の重要な部分だ。
胸を締め付けるような哀しい恋愛小説だと思う。村上春樹の『ノルウェイの森』も胸苦しい純愛の物語だったが、それとは比較はできないが、これもまた切なくなるような愛の物語だ。『朗読者』というタイトルが読み終わった後になってなるほどと切なく迫ってくる。世界20カ国で翻訳され、アメリカでは200万部も読まれた大ベストセラーらしい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »