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2006.10.30

ロシア・アバンギャルド

『ソーネチカ』にフランスから帰国したソ連の反体制芸術家の夫が描かれていた。物語では保守的なリアリズムの作家として描かれていたが、はたして世界的にその時代は、特にロシアではどのような美術が主流を占めていたのだろうか? たまたか今読んでる本が『20世紀の美術』。それによると、20世紀初頭、流れは大きく二つの方向に流れていた。一つはフォービスムから始まる表現主義的潮流、もう一つはキュビズムから始まり、未来派、シュプレマティズム、ロシア構成主義と繋がっていく流れだ。とくにロシアにおいて、その時代の代表的な芸術家はタトリンである。「第3インターナショナル記念塔模型」は螺旋状に上昇していくイメージで、科学技術と芸術とが調和した社会主義の未来の理想を歌い上げた。1929年にトロツキーを追放したスターリンが独裁的な権力を握り、ロシア・アバンギャルドは衰退する。1932年の共産党の決議によって、すべての芸術団体は解散させられ、その後美術は社会主義リアリズムとなって、ロシア・アヴァンギャルドは終わる。

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2006.10.29

『ソーネチカ』を読んでみた

ある人のblogに紹介されてたのと、装丁に興味があったので読んでみた。本の虫で容貌のぱっとしない主人公・ソーネチカ。1930年代にフランスからソ連に帰国した反体制的な芸術家ロベルトに見初められ結婚。当局の監視下の下で流刑地を移動しながら、貧しくも幸せな生活を送る。一人娘のターニャが大きくなりその友達の美少女ヤーシャが家にやってくる。そこで物語は予想外に発展していく。う〜ん、感想はとても難しい。現代の日本においてはどうという事もない、まあよくある話かもしれない。夫に裏切られても恨むでもなく、ヤーシャをも恨むのでもなく、主人公の徹底した弱者への暖かいまなざしを淡々と描いて、女の一生にしている。体制下の物語としは、パールバックの『大地』を連想させたし、ロマンスという意味では中学時代に読んだツルゲーネフの『初恋』を連想させた。モーパッサンの『女の一生』は読んだ事ないが、遠藤周作の『女の一生』もまた女の一生だ。ここではユダヤ、反体制、そんな物をかかえた、あるいは格闘した、せざるを得なかった「女の一生」なのかもしれない。ラングストン・ヒューズの愛の詩は黒人という事を取り去ってしまって読んだらただのラブソングなのと一緒。そうするって言うとなにかい? 黒人だからって愛の歌も歌えないのかい? と同じ、そういうロシア、ユダヤ版なのだろうか?

装丁が気に入った。挿画が誰かと思ったらこのblogでもお気に入りに入れてる木内達郎さんだ。いつもは老いるパステルなのだが今回は油絵か? なんといっても彼の絵が泣かせる。しかもその絵を殺さない控えめなタイトル。背の赤のファイルのインデック風のデザイン。緑のスピンがなんとも心憎い。あ〜あ、新潮社装丁室はいつも良い仕事してるな〜、畜生!!。

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「夢の庭づくり」再放送?

未確認情報ですが、
今日、10月29日(日)午後1時05分~午後1時54分から
NHKで再放送があるそうです。
ですが、自分がとってる新聞の番組欄には載ってませんでした。
あるいは、一部の地域のみの放送かもしれません。
間違ってたらごめんなさい。
もしも興味のある方はご覧ください。

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2006.10.28

夢の庭づくり

その花園は、普通ではなかった。自然の草花と、人の手によって植えられた草花が同居している。普通、一つの花が終わると、次に咲く花を植えるというのが普通だと思うんだけど、その花園は一つの花が終わる前に次の花が咲き、またその花が終わろうとすると、また次の花が咲く準備をしているといった具合だ。その花園は「陽殖園」といって北海道の滝上町にある。高橋武市さんが40年以上もかかってたった一人で創った夢の花園である。数週間前にNHKのTVでも紹介された。また、 福音館書店|たくさんのふしぎ 2006年6月号でも紹介されているので、是非見て欲しい。町の図書館の子供関係の棚に必ずおいてあると思う。4月末から9月末まで一般に公開されていて、年間を通して約800種類の花が次々と咲くらしい。同じ種類の花でも、咲く期間を長くする努力をしている。その方法は、一番早く花が咲いたもの、一番遅く咲いたものに印をつけ、早いも同士、おそいもの同士をかけあわせて、さらに早いもの、おそいものをつくりだす。さらに、色や型のかわったものを見分けて、それらを増やしたり。同じ場所に、相性の良い花を同居させ、次々にマジックのように花が絶えることなく咲かせる、というようなことをやっている。開園時間はお客が来るので、開園前と開園後に作業をするのだそうだ。そうやって40数年もたった一人で、築いてきた夢の花園である。NHKの番組で語っていた事が、胸につきささった。なぜ40年も続けられたのか? 「人間何人か集まると必ず意見が食い違ってくる、そこでお互い妥協してやらざるを得ない。ところが僕はたった一人だから、自分の思うように夢を実現する事ができた。たった一人は大変だけど、たった一人だから夢を実現することが出来ると。死ぬまで夢の実現のために働こうと思っていると。なるほど、分業化が進んだ現代、一つのものを創るのに、最初から最後まで一人で全てに関わる事は、なかなかできない。何人もの思いがその物をめぐって交錯する。やはりそこには必ず妥協があるだろう。たったひとりで取り組める素晴らしさをこの花園は訴えている。ドラマ「北の国から」の黒板五郎がつくる丸太小屋もそんな感じだろうか?

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2006.10.27

文京区と村上春樹

晴れた日の昼休みは、愛妻? 弁当を食べ終わると、BGMのCDを借りに職場の近くの図書館へ行くことが多い。三丁目坂を上って、ヒーコラ住宅街を右に左に庭先の花なんかを眺めながら歩くと、その図書館はある。今日のCDを借りてふと棚を見ると興味のあるチラシ発見。村上春樹の書いた小説の舞台となった場所がイラストマップ付きで紹介されていた。例えば「和敬塾」。主人公の“僕”が大学に通うため上京して約2年間住んでいたところ。物語のなかに和敬塾という名前はでてこないが、おそらくこの寮ではないかと思われる(『ノルウェイの森』『蛍・納屋を焼くその他の短編』「蛍」)。かなり広い敷地をもつこの寮は、『村上朝日堂(エッセイ)』にも登場する。ここでは、大学に入りたての半年間住んでいたと書かれている(『村上朝日堂』「引っ越しグラフィティ(3)」)。それから都電(19系統 王子駅前〜通三丁目)。大学に入った年の春、“僕”にとって唯一の友人だったが、高校2年で自ら命を絶ってしまった“キズキ”の恋人“直子”にばったり出会う。そして“僕”と“直子”は、中央線 四谷駅→飯田橋→お堀ばた→神楽坂と歩いてきたあと、本郷にでて、この都電沿いに駒込まで歩く(『ノルウェイの森』『蛍』)。そして椿山荘。“僕”とは寮で同室の友人“突撃隊”がある日コーヒーのびんに入った蛍をくれる。その蛍は寮の近くのホテルで客のために放したもの。そして蛍を、夏になると放すホテルというのがこの椿山荘(『ノルウェイの森』『蛍』)。
上下に分かれていて緑と赤のカバー。金の帯がクリスマスらしい装丁。どんなつながりがあるか? わからないけれど、友人に勧められて読んだときの衝撃は激しいものがあった。その後ひと月くらいはご飯もノドを通らないくらい胸苦しかった。ただの恋愛物語ではない。そして今、ゆかりの地を散歩していると、あのときの気持ちがリアルに蘇ってくる。そして何処までも青い秋の空と庭先の何気ない花。
噂によれば今年、ノーベル文学賞を取り損なったらしい。

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2006.10.25

ブックデザイン6作目

027251760000_s_1 @niftyBOOKS:こちら.A5サイズの並製(ソフトカバー)です。今回は自分一人でやった訳ではなく、若い女性と二人です。ロボットのイラストとカバーの色は彼女。その他は自分。中のフォーマットは自分。イラストは彼女です。いわばコラボレーション。色の感覚が自分とは大分違っていて、参考になった。今週末には書店に並ぶはずです。

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2006.10.24

BGM

仕事してるときに、十人近くもいて部屋がシーンとしてるのは気持ち悪い、ということで低い音ではあるがBGMを流す事になった。そしたら皆さん、それぞれお気に入りのCDを家からたくさん持って来た。大体はクラシックが中心なんだけど、Jポップやジャズ、フォーク、あちらのポップス、様々な音楽が集まった。ところが仕事にピタッとあう音楽というのがなかなか無い。まず歌の入った音楽はだめ。耳が歌詞を追ってしまって、思考が停止してしまう。あんまり賑やかな音楽もだめ、仕事が調子悪いときには最悪だ。かといってあんまり暗いのもだめ、気が滅入ってくる。それで何回も繰り返し聞くCDは自ずと決まってくる。大体はクラシック。あんまり抑揚のないもの。例えばショスタコービッチみたいな現代音楽は、さっきまで静かに鳴っていたのに急に音が大きくなったりするので、ちょっと具合が悪い。どちらかと言えばあまり抑揚のないマーラーの交響曲やベートーベンやモーツアルトのピアノ曲とかがいい。モーツアルトは優等生の音楽という感じ、ベートーベンのピアノは力強くて大好きだ。ジャズはタバコやお酒が似合うようなジャズではなくフュージョンと呼ばれてるようなクロスオーバー的なのがよい。例えば渡辺貞夫さんのマイデイアライフやモーニングアイランド、渡辺香津美さんと小曽根真さんのCDなんか良く聞く。それからゴンチチなんかもお気に入りだ。とくに「XO」というアルバムなんか、なごみ、仕事がはかどる。皆さんの仕事がはかどる曲があったら教えてね。おかげで今まであんまり聞かなかったクラシックがほんのすこし詳しくなった。

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2006.10.22

バリアの風

Barianokaze
昨日、今日は家に仕事を持ち込みました。その間に短歌をつくったり、息子と卓球をしました。来年入る中学の部活の下見に行って、興味を持ったみたいです。今は、卓球と吹奏楽部の二つで迷ってるみたいです。


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2006.10.18

「孤独でありたい」と思うこととと「人に好かれたい」と思うことの間

いじめを苦にして自殺したニュースとも関係のあること。かつて岡本太郎は絵を描くとき「嫌われるように描いている」と、「結果それが人に受け入れられればそれで良い」とも。そんな生き方はかっこいい。そして誰にも組しないで、一人自分の感性を主張したい。そんなとき特に僕は孤独と親しみたい。そしてそれに耐えうるように強く生きたいとも思う。しかしもう一方では、「一人では生きられないのだ」とも思う。そんな時は自分に自信がないときだ。僕はその間を行ったり来たり、振り子のように揺れ動いている。そしてこんなふうに思うこともある。場末のキャバレーに行って慰められたいと。

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2006.10.16

今日のニュース

今日のニュースは強烈だった。福岡のいじめを苦にした自殺。詳しいことはよくわからないが、亡くなった生徒の父親の、先生に対する怒りが身にしみた。「息子はそこまでしてみんなに好かれたかったんだ」といった。そういう気持ちは自分にも大いにあった、いや、いまでも大いにある。人ごとではない。

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2006.10.08

面接2

面接のことをいろいろ書こうと思ったのだけれど、詳しく書くと問題ありそうなので、ほんのすこし。あれから応募がたくさんあって10人くらいに面接した。いろんな人がいるんだな。皆さん、履歴書のなかの性格や自己PRの欄はどうゆう風に書きますか? 自分なんか性格とか、他人にのぞかれるのが嫌な方なので、あたりさわりのないように必要最低限しか書かない。ところが、性格欄に恥も外聞もなく、心の奥をさらけ出すようなことが書いてあって、だから前向きに生きたい、などと書いてある応募者がいた。それを読んだら感激して、涙が出てきた。いまどきこんな純粋に生きてる人がいるのだろうか? 結局、採用1名のところ、その人のために2名にして、合格ということになった。面接してみたら、履歴書に書いてあるそのまま、素朴な人間性に上司も感激したらしい。

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2006.10.03

面接

面接と言っても、受ける方ではなくて今回はする方。受ける方は何十回と比較的慣れてはいるが、今回は反対だ。お前、いつからそんなにえらくなったんだ? と言われそうだが、これも仕事。昨日は二人、今日は一人、明日は確か二人。結構思うところがある。今日は眠たいので、明日詳しく書くことにする。

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2006.10.02

電車での出来事

何も起こらなそうで結構いろんなことがある電車。朝の通勤電車でのこと。いつものように座って本を読んでいた。一番ハジッコである。席がいくつか空いてるのに僕の前に40代位の男性が立った。空いてる席に座れば良いのになんて思いながら本読みに没頭しかけたそのとき、その男性が変な動きをした。ドアのほうへ一歩二歩動くと同時に頭を激しく振った。その頭がドアや手すりに鈍くぶつかる音がした。見ると額から血がにじんでいる。一瞬何が起こったのか飲み込めなかったが、多分、貧血か癲癇かどちらかなのだと判断した。どうしたらよいのか、こんなとき思考は一瞬停止する。と同時にこちらが心臓がバクバクする。次の瞬間、「大丈夫ですか」と声をかけ、自分が座っていた席に座るように勧めた。意識はとりあえずあるらしくちょっとためらった後素直に座った。電車が次の駅にとまってその隣が空いたので、自分も隣に座った。あんまり大事にしない方が良いのか、車掌に知らせて、電車を止めてもらう方がよいのか考えたが、どうもそこまでしなくても良さそうだと思い、また本を読むふりをしながら、様子をうかがった。そうこうして、しばらくすると斜め向かい側に座っていたおばさんが、その男性にポケットテッシュをさしだす。横から見ていて気づかなかったが、額から結構血が出ていたのだ。そして彼は、しきりにそれで血を拭っている。その間、僕はといえば本を読む振りをして、心臓をバクバクさせていただけ、とにかくそんなふうにして数分後に池袋駅に着いた。降りる時、彼が「どうもありがとうございました」というのでちょっとほっとし、「いえ、とんでもないです」と言って、あんまりたいしたことはなかったと判断して、立ち去ったのであった。「救急車でも呼びましょうか?」とか「もう大丈夫ですか?」とかもっと何か言葉をかければ良かったのか、もっと自分がしてあげられることがなったのだろうか?とか、いろいろな考えが洪水のように襲ってた。こんなときもっとスマートにできるはずではなかったか? 小心者の自分がいやでたまらなかった。優先席に座ってる訳ではないけど、自分の前に老人が立つことが多い。席をゆずることもあれば、知らんふりして本を読むこともある。吉野弘さんの詩で高田渡が歌ってる「夕焼け」を思い起こした出来事。

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2006.10.01

ブックデザイン5作目

Kannsei_これもできたてのほやほや。著者よりこの画像を使うように指示される。はじめ、タイトルは左右にわかれ、中央に著者名が。切れ込みを著者の文字面の左側にあわせ、食い込んだところにこの本の印象的な一文を箱組で入れていたが、写真のようなようなレイアウトをもう一案作り、著者に見せることになった。結局著者はこのレイアウトを選ぶ。自分としては、幻案の方が気にいっていたのだが…。しかし、金の花ぎれに金赤のしおりでお洒落なデザインになったと思う。

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ブックデザイン4作目

Tiseigaku_1できたてのほやほやです。まだ流通にのる前らしいです。後1週間もすると、大きな本屋さんだけですが、ならぶみたいです。ある日突然ひらめいたイメージ。道端の石ころと紛争。そんな感じでつくってみました。背が不評で、いまになってそれがなんとなく、わかってきたような。背の画像が意味がわからないし、見た目もよろしくない。今後の反省材料にしよう。

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いろいろ

毎日、相変わらず判で押したような生活は続いている。だけど心のなかは色々。今日は息子の運動会に出かけた。小学生最後の運動会ということで、お隣の埼玉から義理の母と義理の姉も応援にかけつけた。かけっこはライバルに負けて2等賞、そうとう悔しがっていた。でも、鼓笛隊の演奏と組体操にそれなりに自分の目標をもって取り組み、ある程度その結果に満足したようだ。
  1・2年生の玉入れのゲームの発表に子供達が大ブーイング。先生がどうも数を間違えたらしい。その非難で会場は騒然となった。「審判が言ったことは絶対なんだ」と体育会系の先生が必死に生徒達に言い聞かせた。それでとりあえず静かになったが…まだ不満そうである。昔から子供達は正義感にあふれていたよな〜。今の子供達、そんな捨てたもんじゃないな〜。と感じた次第である。
 話は変わる、数ヶ月前だったかNHKのテレビで「逆境の乗り越え方」みたいなことを科学的に分析するような番組があった。スガシカオさんや名前は忘れたが英語のカリスマ塾教師等の体験を放映してた。人それぞれやり方があるようである。カリスマ塾教師は、自分の教え方が生徒を潰したのではないか、教師に向いていないのではないかと疑心暗鬼になり、それで毎日酒屋通い。そこで知り合った飲み仲間の話を聞いてるうちに、ヒントを思いつく。あまり頭の良さそうではない人が、大好きな競馬の話になると滔々と詳しく面白く話をするのだ。それを聞いて、要は「好きこそもののじょうずなり」なんだということに気づく。それから心機一転その教師は、生徒に興味が持てるように教えようと努力し、実践する。そしてその後、誰もが認めるカリスマ教師になる。
 一度ドツボにはまると、視界は急に狭くなる。もうそこからどうやっても抜け出せないような気になってくる。でもそれを受け入れ、逆境も自分の使命にしていこうという腹を決めた時、一転する。それは勇気であり、それは表の裏の関係に気づくことでもあるのか? ともかく、番組は何人かのそれぞれの克服法を語って面白かった。スガシカオさん。食べ物がなくて、ご飯に胃薬をかけて食べたことがあるとか。

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