« 模型飛行機が最後の字幕に飛んでくる | トップページ | 渡の「ごあいさつ」トリビュートを聴いた »

2005.11.26

現代建築とファッションとデザイン

最近、リフォームや変わったお家拝見系のTV番組バヤリである。なんかひがみではないけれど半分嫉妬、半分興味深々といった感じで、番組を楽しんでいる。一見、大量生産、型にはまったレデイ・メイドのほうが経済的に優れて、我々シモジモの者には馴染みが良いように思えるのだが、どうもそうではないのではないのではないか? なんて感じさせてくれるところが、最近のトレンドな住宅の良い所だ。そして女性の建築家の登場は、生活者の立場に立った細かい気のきいた観点からのデザイン、今までにない新鮮な住空間として魅せてくれた。いままで男性の独壇場ではあったのだが、あまりにも経済的な論理のもとに造られていた住宅建築を建て主の元に引き戻してくれたという理由で画期的な事だと思う。まさに男性、女性の建築家を問わず、そういった職能の人にとっては今が、一番花開く時期なのかと思う。
しかし、そこには言葉のマジックがあるような気がする。デザインという立場から考えるならば、様々な厳しい条件を与えれたほうが実は簡単にデザインがしやすい。建築でいえば、たとえば敷地が狭い、縦長、隣家との境界が狭い、敷地が坂になっている、などの条件があった方が実はデザインがしやすいというか、必然的にそうならざるを得ないデザインになるのだ。そのマイナスな要素のクリエイターはどうやってそれを逆手にとってポジティブな要素に変えて行くのか? といったことがそのデザイン要素に与えられ、その分がデザインする側にとっては楽しみになる。それを、言葉の魔術によって、現代生活の欠点とトレンドな生活スタイルなどといったキーワードによって建て主に納得させてしまう、という魔法が一役買っている。といったら言い過ぎだろうか。
「ライフスタイル」なんて言葉によって祭りあげられた、「家」とは何ぞや。それはおそらくファッションの延長上にある。自分と他人を区別するモノして現代人は、ブランドの洋服や装飾品、乗る車、行きつけの店、その延長上に「家」が存在するようになって来た、といったところだろうか。先ほども、言ったようにデザインは条件を与えられたほど、実はデザインしやすい。この域を出て、そういった何の制約も何もないデザインこそ難しく、それを超えたデザインほど実はオリジナリティが高いと思っている。そんな建築ブームになるなら、手を叩いて歓迎したい。しかし現実は、本文があってタイトルがあるというようなデザインをすると、それはおかしいから変えてくれと言われる。映画でもいきなりストリーがはじまって、ある程度してからタイトルが出てくる「そんな感じにしたかった」と言葉を添えるとはじめて理解してくれたりするのだ。我々がそんなことを超えた建築家の自由なコンセプトによって建てられた光に浴するのはいつのことなのだろうか。

|

« 模型飛行機が最後の字幕に飛んでくる | トップページ | 渡の「ごあいさつ」トリビュートを聴いた »

コメント

きょうfaceで、要素とか建築したいなぁ。

投稿: BlogPetのponnta | 2005.11.27 18:45

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11585/7330228

この記事へのトラックバック一覧です: 現代建築とファッションとデザイン:

« 模型飛行機が最後の字幕に飛んでくる | トップページ | 渡の「ごあいさつ」トリビュートを聴いた »