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2005.07.28

苦しい病気のなかで生きることの意味

「セカチュウ」を読んでみた。アキが白血病で入院しから、かなりたった頃、髪を短くした頃にサクにアボリジニのことを盛んに話すようになる。「彼らの生き方や世界観は、アキが自分の存在をそこに重ね合わせたいと思う理想であり、一つのユートピアだった。あるいは希望であり、苦しい病気のなかで生きることの意味だった。」という部分が原作にあった。自分にもそういう時があった。というか、中学から30代後半がそんな感じだった。ある意味、いろんな生き方の受け売り、そんなものしか人に話せなかったし、自分を生きていなかったともいえる。そして聞く側のサクはそれに反発する。つまり、それは知識として話しているだけで、体験として自分の生き方を話していないんじゃないかというスタンスからくる反発。そしてまたアキは体験として自分のものにするような生き方ができないもどかしさ、制約、よって傷つくのだ。

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コメント

faceが、知識とか受け売りをアボリジニするみたい。


投稿: BlogPetの「ponnta」 | 2005.07.29 11:40

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