『男らしいってわかるかい』と『アイ シャルビー リリースト』
禁止されてるという、「焚き火」をやってしまった。ユニフレームの焚き火台があるので、こっそりやるときがある。あんまり大ぴらにやると通報されたり、ヤバイことになるので、極秘裏にこっそりやる。そしてディランセカンドの『男らしいってわかるかい』とオクノ修さんの『アイ シャルビー リリースト』を聴き比べ、訳比べをしてみる。元はボブディラン。解説にもあったけど、超訳気味の大塚まさじさんの訳は唄にはまってると思う。意味を重視するあまり、読みにくい本があるように唄にもそれはあると思う。自分の場合、超訳で良いから、唄にはまって欲しい、言葉。いまでもことばとノリの問題は存在すると思うけど、ロックはそういう意味では、音に乗り遅れた。
グッドナイト・アイリーンにシェフチェンコの詩をつけた渡の場合は、成功しているよい例だと思う。な〜んちゃって。宮里ひろし・香川修さんの『この足の鎖』のほうが意味的には近いのか? 英語がわからない。 う〜ん。というか、だったら雰囲気だけ伝わればいいんじゃないか? とやったのが渡で、だったら雰囲気似たこの詩をくっつけちゃえと。でも詩そのものの意味を、どうでもいいことではなくて唄の存在を成立させている唄として残したい。唄はそういう音に意味が乗ってあるものだ、といった感じもある。あるいは、トラディッショナルのように、唄は変化してもいい、口伝えに、時代とともに、あるいは路上で、あるいは仕事場のなかで、変化していってもよい、その流れの中で自分も唄ってみる。自分はこう唄ってみたい、ということもできるのか。それは、時間や風とともに変化して時代をこえ、風化しない唄はやがてトラディッショナルになってゆくのか。
大塚まさじ、ピロ訳
変わっていくなんてきっとないよ
君の世界なんてほど遠いよ
でも俺をこんなに変えてくれた
昔の友がいるんだ
そして
オクノ修・藤村直樹訳では
どんなものでも償いがきくという
でも償われたものは あまりにも遠い
だから俺をここに来させた
奴らの顔を忘れはしない
ということで、じつはこの歌
初めて聞いたのがたしか
PPMかジョンバエズのLPでだったと思う。
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