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2004.12.31

感謝もうしあげます

nennmatu
日頃、当blogに立ち寄りいだだきましてありがとうございます。またトラックバックやコメントなど、たくさんいただきましてありがとうございます。重ねて感謝もうしあげます。来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。
face

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2004.12.30

短歌のようなもの

お日様に憧れたのは僕のほう 無口を忘れよくしゃべったね

↑これからなんとか短歌にならないかと考えましたが、ここまで時間切れ。
短歌の上手い人はたくさんいるけど、今年、この人の短歌は僕に衝撃を与えた。block-notes地下鉄 | 04-0401block-notes 国有地| 04-0104
 枡野氏の『かんたん短歌』を読んで更に考えようっ〜と。

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2004.12.29

画像にシャドーの付け方

何人かの方から画像にシャドーをつけるやり方の問い合わせがありましたので。ご紹介します。簡単ですが、文字でかくとちょっとわかりにくいかもしれません。当方はmacでphoto shopという画像処理ソフトを使ってやってます。winバージョンのもあるし、light版もあるんですがお持ちですか? お持ちでなければデジカメやスキャナー購入時に付属してくるソフトでも出来ると思います。いつも画像をアップするときにサイズを調整したりするソフト、アレです。とりあえず自分がやってる方法をそのまま載せることにします。参考にしてください。上手くいかない場合はできるだけご相談にのります。

1.いつものようにアップしたいjpegの画像を用意する。

2.画像サイズを縦横それぞれ約120%大きくする。(画像のまわりに白い余白ができるはずです)

3.現在あるレイヤーの複製を作る。

4.元のレイヤーは捨てる。
(3.4の意味は画像の下にシャドーをつくるレイヤーを作りたいわけです。それでそのままでは出来ないので3.4の作業が必要になるのです)

5.3のレイヤーの下に新規のレイヤーを作成。

6.3のレイヤーをアクティブにして、白い余白の部分を選択してからその選択範囲を反転する。

7.その状態で5のレイヤーをアクティブにして選択範囲を黒の60%で塗りつぶす。そして選択範囲を解除。

8.3のレイヤーをアクティブにして白い余白の部分を選択して、デリート(削除します)。

9.3のレイヤーの下になっててさっき塗りつぶしたレーヤーを移動ツールで右下に移動。

10.ぼかし(ガウス)8ピクセルくらいをかける、人によって好みはさまざま。

11..二つのレイヤーを合体して、画像の左上を基準にシャドーよりすこし大きめに切り抜いて完成です。

ちょっとむずい? もっとかんたんなやり方もあると思うんですが、そういう場合は情報をトラックバックとかしていただけると助かります。皆さん助け合いましょう。

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2004.12.28

高層マンションと冬の木

fuyunoki1

2004年のカテゴリー『写真』はな〜んちゃってgallery 2004年の写真へ引っ越しました。よろしくお願いします。

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2004.12.27

ホーボー再び

先日見た映画『ポーラー・エクスプレス』にホーボーの幽霊が出てきた。この映画はホーボーがキーワードになってるような気がしてならないので以前載せた記事をもう一度、載せてみることにする。
ホーボーは南北戦争後、アメリカ全土に鉄道網が敷かれようとしているなかで誕生した。自由気ままな彼らの生き方は、自由へのアメリカ人の憧れと結びついて、コミックの主人公になるなどたちまちアメリカ文化に定着していった。そのホーボーにも波があり、過去に4回大流行を巻き起こした。最初は南北戦争後の10年間、2回目は第一次世界大戦後、3回目は1929年の大恐慌に始まる30年代、最後が第二次世界大戦後の時期である。ホーボーにはいくつかのタイプがあって、働きながら放浪するホーボー、社会からドロップアウトして放浪をつづけるトランプ、酒飲みの放浪者バム、犯罪を常習とする放浪者イェグなどに分けられている。ジャック・ロンドンの場合は、この分類に従えばトランプに属する。ジャック・ロンドンの「ジャック・ロンドン放浪記」(川本三郎訳)(小学館)から。
この映画のホーボーもまたトランプだと思う。フォークソングでもこのホーボーという言葉ははずせないキーワードだ。

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2004.12.25

『ポーラー・エクスプレス』を見てみた

息子が、今日から冬休みだというので家族で映画を見てきた。『ポーラー・エクスプレス 』という映画。本物そっくりのCGが素晴らしい。車掌さんが出てくるのだが、まさかこの人までCGではあるまいと思ってたが、はやりCG。ストーリーはクリスマスの夜、サンタの存在に疑問を持ちはじめた主人公の家の前にポーラー・エクスプレスという北極行きの急行列車が止まり、それに乗って北極のサンタの国へ行く、そして疑問を払拭しサンタさんをすっかり信じるというお話。今日はクリスマス。そしてうちのぼんもちょうどサンタさんに疑問を感じてたとき。そのわりには今朝6時半頃に目を覚まし、「こんなに早く起きてはサンタさんが来てくれない」なんて泣いていた。半分疑って半分信じてるといった感じ。グッドタイミングな映画だった。さあ、これでまたサンタを信じるかな?

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2004.12.22

日記みたいな

今日は仕事もたいしたことなくて、昼前に近所にちょっとお使い。天気がいいせいで歩くとぽかぽかあたたかい。午後から仕事中にココログのカテゴリーを整理した。二つほどカテゴリーを減らし、記事のカテゴリーの整合性を図った。というのは、今年の「写真」と「illustration」をな~んちゃってセカンドに移そうと思っているからだ。
それから、ひさびさに短歌などひねろうと思ったのだが、そうは簡単にはいかない。短歌はやはり才能がないとだめらしい。ところで、新しくなったココログを試してみよう。太字の斜体のアンダーラインってどんなの?

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2004.12.21

渡らしい歌

gorosann

『受験生ブルース』『主婦のブルース』『25年目のおっぱい』などユニークな歌を作って歌う中川五郎が最も渡らしい歌『系図』を歌っている。この曲は三木卓の詩に渡が曲をつけたもの。三木卓の詩に五郎さんも曲をつけ、渡とは別の曲を作って歌っている。その辺の事情はライナーノーツに詳しい。


2004年のillustrationはな〜んちゃってgallery 2004年のillustrationへ引っ越しました。よろしくお願いします。

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2004.12.20

スキンシップ・ブルース

enomoto

タカダワタル的がヒット。今年は渡ブームだった。行こう行こうと思っててついにいけなかった。なのでなぜ柄本明なのかわからない。なにやら仲がいいらしい。それと、芸能人では大杉連、佐野史郎といったところが渡のファンらしい。

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2004.12.19

笑顔の意味そして力

hiromi

今朝、課外授業の再放送をやってた。写真家の長倉洋海さん。エンディングがル・クプルの『縁は異なもの』。それで思い出したのが、ご近所のいわさきちひろ美術館で開かれている彼の作品展。HPをみたら会場に来ているというので早速いってみた。いたいた。TVに写ってる姿そのままに。であるが恥ずかしいのでサインももらえず、モジモジ。ただ距離をおいてみてるだけ。1月8日に予定されてるトークショーだけは予約してきた。以前にも書いたけど、またしても同じことを書く。かれがソマリアにいったとき道ばたに、紛争で家族を亡くした少女が座ってた。その少女にカメラを向けたとき気配を察したのか、それまでうなだれていた彼女は笑顔をカメラに向けたというのだ。その笑顔が彼のそれからの作品に決定的な影響を与えた。そして彼は子供達に、自分の周りに笑顔を増やしていく、そして平和とはなにかを笑顔を通して考えてもらいと。どうしてソマリアの少女は笑うことが出来たのだろう。さらによく考えてみたい。

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2004.12.18

するって〜となにかい愛の歌も歌えないってことなのかい?

tinnta

日の歌はちょっとコメントしづらい。
大庭珍太さんが歌う『ヘイ・ヘイ・ブルース』。
詩については以前紹介した。
ヘイ・ヘイ・ブルース
その他『おなじみの短い手紙』『失業手当』など、
渡はラングストンヒューズを取り上げいくつか歌にしている。
僕がよく聞いたのは『失業手当』。
たんなる恋愛詩? と思って、その良さがあまり解らなかった。
しかしよく考えてみたまえ。
君がラングストン・ヒューズの時代のアメリカに生きていて
しかも君が黒人だったとしたら。
君もきっと思うに違いない。
いや、きっと似たようなことを君だって体験しているに違いない。
「僕は黒人だが、するって〜となにかい。
黒人だから人並みに愛の歌も歌えないってことなのかい?」
こんな風な感じでラングストン・ヒューズを読み直してみると、
また全然違った、味が出てくるのだ。
彼もまたアメリカを歌った。
暗い部分のアメリカを。
でもその魂はそれを乗り越えて
明るい。
アメリカというと僕にとってはラングストンヒューズ。

ぼくもまた、
アメリカをうたう。
ぼくは色のくろい兄弟だ。
お客がくると、
台所で食事をしろと
かれらはぼくを追いやるが、
ぼくは笑い、
よく飯をくい、
強くなるんだ。
明日は
お客がきても、ぼくはテーブルにすわるんだ。
きっとだれも、
「おまえ台所で食事をしろ」と
そのときあえて言ったりはしないだろう。
そのうえ、
かれらはどんなにぼくが立派かわかり、
恥ずかしくさえおもうだろう、
ぼくもまた、
アメリカなのだ。

そんなこんなで、
このブルースを聞いてほしい。
大庭珍太48歳。
彼もまた、渡の崇拝者であるに違いない。
ご機嫌のこのブルーズを今夜は君に捧げたい。

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2004.12.17

きんぎょさんへ

ハードカバーのケース入りの上製本どうもありがとうございます。角背で平綴じというんでしょうか、花切れまでちゃんとついていて、本格的なルリユールですね。一生大事にするつもりでおります。もしかしてこのブログをみていらっしゃるかも知れないと思って書いております。本当にどうもありがとうございます。

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夜明けは誰の葡萄の一房だ

junnpei

年会シーズンだからという訳ではないが、今日は佐久間順平さんが歌う渡のこの曲。『酒が飲みたい夜は』。佐久間順平さんといえば林亭。詳しくは幻泉館さんに語ってもらうことにして。池袋のシアターグリーンで行われていたホーボーズコンサートなんかで活躍されていた。器用な人で楽器ならなんでもこなす。特にフィドルなんかを手にすることが多い。今日はこの曲、詩は詩人の石原吉郎さん。いまさら何も付け加えることはあるまい。たっぷりとこの詩を味わっていただきたい。特に気に入ってるところはやはり「夜明けは誰の 葡萄の一房だ」というところ。どうすればこんな言葉がでてくるんだろう。やはり詩人は詩人。さあ酒でも飲むとするか。


が飲みたい夜は 酒だけではない
未来へも口をつけたいのだ
日の明け暮れ うずくまる腰や
夕暮れとともに沈む肩

血の出るほど 打たれた頬が
そこでもここでも まだ火照っているのに
うなじばかりが 真っ青な夜明けを
真っ青な夜明けを待ち望んでいる

酒が飲みたい夜は ささくれ立った指が
着物のように着た夜を剥ぐ
真夜中の大地を 掘り返す
夜明けは誰の 葡萄の一房だ

酒が飲みたい夜は 酒だけではない
未来へも口をつけたいのだ
日の明け暮れ うずくまる腰や
夕暮れとともに沈む肩

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2004.12.16

すっぱいのですかんぽ

nagira

ぎら健壱の歌も捨てがたい。TVでおなじみの愉快なキャラクターだが、うたも愉快な歌が多い。♪いっぽんでもにんじん♪とか。しかし彼はれっきとしたフォークシンガー。♪だけど僕はフォークシンガー♪なんて歌ってるのをどこかで聞いたことがある人は少なくないはず。彼には二面性があるように思えてならない。フォークソングを歌うとき彼はきわめてシリアスだ。そんな感じでこの歌『すかんぽ』を歌っている。ヨアヒム・リンゲルナッツの詩に渡が曲をつけたものだ。皆さんは知ってるだろうか、すかんぽ。スイバともいうらしい。誰も見向きもしない、弱い草。噛むとすっぱい味がするそうだ。なんとも人生はすっぱいものか、と思う今日この頃でR。

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2004.12.15

コーヒーブルース

rittyann


起きると三条河原町の六曜社に行って起き抜けの一杯。本屋や洋服屋を冷やかした後、さくら食堂で飯を食い、三条堺町のイノダにいってまたコヒー。夕方になって中川五郎と待ち合わせてマップや進々堂という喫茶店へ行き、十字屋でレコードを漁り、同志社大学の学食で夕食を食い、その帰りに喫茶店わびすけに顔を出し、最後に六曜社でまたコーヒー。ひとり部屋に帰って、ぼそぼそ詩を書いたりレコードを聞いていたようだ。そんな毎日のなかで出来たのが、このコーヒーブルースらしい。中川五郎は同志社大学の学生だったらしいが、まったく学校へはいかないで渡とつるんでいたらしい。♪三条へいかなくちゃ 三条堺町のイノダっていう珈琲屋へね あの娘に逢いに なに 好きな珈琲を少しばかり♪(『バーボン・ストリート・ブルース』 高田渡より)僕もコーヒーは好きで日に4、5杯は飲む。若いときはもっと飲んでいた。それもこれも渡の物まねだった。喫茶店へもよく行った「波留」。田舎のコーヒーや。最近はコーヒーを飲まないとよく眠れない。

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2004.12.14

ただ歌だけが流れている

80年代、フォークソングが見向きもされなくなった時代。NHKで特集をやっていた。「あの頃のフォークシンガーは今」みたいなタイトルだったと思う。出演者は、もちろん高田渡、遠藤賢司、西岡恭蔵、大塚まさじなど。特にまさじと恭蔵ともうひとり誰か、三人が円になって天を仰ぐように歌ってた。何の歌かも知らないがその歌い方が心に沁みた。あのときの歌い方そのままに、また大塚まさじが渡の『夕暮れ』を歌っている。それは言葉をぶつっと絞るというか切るというか、そんな感じで黒田三郎のこの詩をさらっと味わい深く歌っているのだ。そしてペダルスチールの音が柔らかくそして切なく気持をひっぱる。渡の歌のなかでもこの『夕暮れ』にひかれる人は少なくないと思う。隠れた名作だ。70年代から80年代、90年代そして今世紀と、時代が変わっても彼らは彼らの歌を歌い継いできた。「その歌は、みんなが知っている。誰でも知っている。だけど誰がその歌をつくったのか、最初に誰が歌ったのかは、誰も知る人はいない。ただ歌だけが流れている」というシャンソンの名曲のように、彼らの歌こそ、そうであるような気がしてならない。

del2-thumb.jpg

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2004.12.13

心に沁みる唄

masaji

文章は明日書こうかな。

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2004.12.11

フィエスタ

hakohako


ャック・プレヴェールといえば先にも書いたが、『私は私よ』という曲の方がなじみが深い。これは、ノリに乗れる曲だが、この『フィエスタ』という曲は渡のなかでは異色だと思う。異色ではあるが、シバの曲で名前は忘れたが、「♪ロックグラスに流れる星は〜♪」という曲に似た感じ。この曲『フィエスタ』。♪グラスは 空っぽ 瓶は壊れて ベッドは広々 ドアは閉まって グラスの星達 勢揃い 幸せの…♪」とい歌詞。こんなテイストを好む渡の一面を逃さず捉えるハコのアンテナはやはり当時から異色といわざるを得まい。自分の感じからいえばシバのテイストを女性のテイストに置き換えた感じ。この『トリビュート』のコメントで彼女は、「年は流れ、いろんなことを経て、すっかり痛んでいた私の心に、渡さんはレコードと同じ声で“大丈夫?”などと言ってくれたのでした」とまた「渡さんとビリー・ホリデイとアマリア・ロドリゲスを一緒にして、ハコにしようと思ったのです」とコメントしている。

70年前半。僕もハコを聞いた。『飛びます』というLPを買った。それはとにかく暗かった。でもその暗さが僕の暗さを救ってくれた。森田童子は、『高校生教師』で再びブレイクした。あれからハコはずっと歌い続けて来たに違いない。その間を僕は知らない。off noteの神谷君は彼女とじっくりと話したことがあると僕に語ってくれた。とにかく、80年代という、フォークシンガーにとっては魔の時代を通過して、歌い継いできた渡や彼らの仲間のスピリッツが今世紀になって、当時線香花火のように散ったものが再び百花繚乱のごとくまた咲き乱れる。そしてハコもまた、その異色の花の魔力を今、ぷんぷんと振りまいている。

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2004.12.09

フォークギターが欲しかった

gwansann


ォークソングが流行った頃、ごたぶんに漏れずギターが欲しかった。ドレミも知らないし、チューニングもわからないが欲しかった。でも家には既にガットギターがあった。すぐ上の兄貴が買っていたのである。当時、ガットギターは馬鹿にされていた。それは、『禁じられた遊び』を弾くか演歌を歌うためのものだった。要するにかっこわるいのである。であるが、ないものはしょうがない。太いネックがじゃまをしてコードが押さえられない。コードが覚えられない。当然、渡がやっていたようなピッキング、正確にはなんていうんだろう。カーターファミリーピッキングだったかな? そんなもの弾けるはずもない。それでジャカジャカ鳴らす。コードはCとかEとかそんなやつ。そんなんだから、たいした曲が弾ける訳がない。『漕げよマイケル』ぐらいなら弾けたような気がする。それでも欲しかった鉄の弦のギター、フォークギター。それでも買ったフォークギター。3ヵ月で弾かなくなった。
今、『高田渡トリビュート』の佐藤GWAN博さんの『ブラザー軒』を聞いている。あれから30年。ガットギターがこんなにも、かっこよく優しいものだとは知らなかった。そして唄がまた優しい、ガンさんってやっぱりこんなにやさしかったんだな〜。渡の『ブラザー軒』ももちろんいいけど、ガンさんにしてやられたり。菅原克巳の詩を知ったのもやはり高田渡だった。♪東一番町ブラザー軒 ガラスのれんがきらきら波打ち あたり一面氷を噛む音♪ 意味はよくわからないが、七夕の夜におやじと妹の幽霊が僕の前にあらわれたという詩らしい。詩人の父や妹はもう亡くなっていたのだろうか? とにかく、静かに静かに彼のギターと唄を聞いてもらいたい。どんなにささくれだったこころも平静に心地よく落ち着き、自分を取り戻すことが出来るに違いない。あの哀しいアルペジヲの魅力によって。ガットギターは誰によって作られた?

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2004.12.08

高田渡トリビュート

toribyu.jpg巷では、『養命酒』のCMのことで盛り上がっている。2004年、高田渡ではじまりタカダワタルで終わる。今年はじめてCDを買った。年に1枚しか買えない我が家の家計。自分にとっての年に1回のご褒美はこれに使った。

1.長屋の路地に/斉藤哲夫
2.コーヒーブルース/村上律
3.ヘイ・ヘイ・ブルース/大庭珍太
4.すかんぽ/なぎら健壱
5.スキンシップ・ブルース/柄本明
6.系図/中川五郎
7.ブラブラ節/シバ
8.私は私よ/アーリータイムスストリングスバンド
9.ボロボロ/中川イサト
10.酒が飲みたい夜は/佐久間順平
11.風/いとうたかお
12.ブラザー軒/佐藤GWAN博
13.祭(フィエスタ)/山崎ハコ
14.夕暮れ/大塚まさじ
15.調査節/高田渡

それぞれ一つ一つに感想がある、
昨日は『私は私よ』で息子とダンスした。
今日はハコのフィエスタに打たれた。
寝るときはまさじの夕暮れを聞いてねる。
ジャケットの表は吉祥寺の焼鳥屋の伊勢や。
裏は井の頭公園。このCDを隅から隅まで味わい尽くしてやる。
ともだち思いの渡。
みんなに慕われる渡。
人生の鏡だ。そのひとりひとりの個性が
百花繚乱のごとく咲き乱れる。
渡を抜きにして日本の音楽は語れまいて。

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2004.12.07

祖国を歌えない

幻泉館さんがウディ・ガスリーの「わが祖国」のことを取り上げられている。祖国を大地として捉えたいとあった。また祖国アメリカ、先住民、黒人を歌うホイットマンのように自分は日本のことを素直に歌えないとも。彼が愛する千本浜のように、僕にも愛する日本の風景や土地はたくさんあるが、「国」「祖国」という言葉にはどうしてもいかがわしい、そして哀しいイメージがつきまとう。だから僕もホイットマンのように祖国を歌うことはできない。

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2004.12.06

BLACK EYE LADY

悲しくなったとき、よく聞く歌、
吉田美奈子の『BLACK EYE LADY』。

愛しい
人に
思いを
うち明けるのは
たやすそうでも
言葉を
もたない
優しさを
伝えることは
もどかしいもの…。

『私は海月』という長編詩を
アップしようと思ってたんですが、
そのファイルがどうしてもみつからない。
無くしてしまったかな?

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2004.12.02

ただものではない

戦時中、倉本聰さんが集団疎開で山形上ノ山へ行ったときの話。その翌日にチッキで親たちが送った荷物が届いた。その中に緑色のどんぶりが入っていたらしい。それを見てガキ大将が「ア、金隠し色!」と叫んだ。昔は便器は緑色と決まってたらしい。それで問題が起きた。食事時、金隠し色のどんぶりの持ち主が、それを自分のものと思われるのが嫌さに、人のどんぶりを取ってしまうらしい。それで誰かひとりあぶれる。とうとう倉本さんがそのどんぶりで食事をすることが度重なって、何度も泣きそうになったというのだ。でも倉本さんは書く。本当はもっと悲しかった少年がいたはずだと。両親の送ってきてくれたやさしい緑色のどんぶりにさわれないで、そのことに傷ついた人がいると。そんな視点を持ってる倉本さん。やはりただものではない。(『いつも音楽があった』倉本聡より)

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