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2004.09.23

多様性を認めるということ

 「センセイの鞄」のツキコさんは37歳の独身女性。相手はかつての高校時代の国語教師。30歳以上も年が離れている。普通とはちょっと違うパターンだ。だがそういう恋愛もあっていい。というかそういう恋愛こそ美しいと感じた。人間の多様性を認めることが大事なんだと。一定の型にはまった存在ではなく、それぞれの個性が、他者に対して価値を及ぼしていくことが出来るということは美しい。そこには異なるものを排除する精神はない。文化の異なる人々を憎悪の対象として見ることをやめ、いろんな違いを受け入れていかなければ憎悪の連鎖は断ち切れないと思う。

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コメント

互いの文化の違いを認めあいましょう。・・それは、いわゆる構造主義の思想だけれど、「そんなん、お互いに認め合おうと思える同士(西洋人と東洋人はいちおうそうでした)で言えることであって、向こうがまったくそう思わないとしたら成り立たないではないか」という疑問提起が早くからありましたですね。その疑問提起への答えは出ないまま、その疑問そのままのことが、いま、起こっているのではないでしょうか、世界では。

投稿: なのか | 2004.09.24 00:35

私の記事に呼応してくださったのでしょうか。
トラックバックをつけてみようとしたのですが、わからない……(苦笑)。

多様性を認めることは、本当に、難しい。
日々、そうありたいとは思うんですけど。
ついうっかり、相容れない人や組織などに対して、心の中で批判めいたことをつぶやいている自分に気づきます。
ちっちゃいなぁ、私って。

だけど、私は中学生時代いじめを受けた経験があるのですが、そのときに痛切に感じました。
相容れない人やモノを排斥しようとする人の心の動きこそが、小さな諍いから戦争まで、様々な「悪」の根源なんだろうなって。
だからこそ、難しいけれど、意識的に<多様性を認めよう>と思うのです。がんばって、がんばって。

投稿: きむらいあん | 2004.09.24 16:58

他を認めるとは簡単なようでなかなかむずかしいですね。
相手の容姿 年齢 性別 職業などなど 相手を計る基準をチェッカーのように振りかざして 一瞬の思い込みで 最初の言葉を選ぶのです。
その人の深い内面や思考やましてや過去に経験してきたことなど 一切分らずに第一声です。
その第一声には それを放つ人の人間性が潜んでいるような気がします。
そして 若輩者の私のまだわずかな経験上ですが、深くて大きな人ほど、人の話を真剣に聞けるし、認められる様な気がします。。
それはきっと自分の経験が相手の話と重なって自分のことのように理解できるからではないでしょうか。

そういう方に限って 腰が低く 謙虚であり またどんどん新たな刺激や知識を自分の知恵として取り込める能力をそなえておいでです。見かけも若い!

私が一番人間として尊敬する方です。
また、そういう人間になりたいと日々思っています。

私がこっそり考えていることがFaceさんのここに びっちり書かれていてびっくりして、コメントさせていただきました。
わかりにくい文章ですみません。汗

投稿: sof | 2004.09.24 17:53

ごめんっ!!^^;
話はミクロとマクロだけど、許容性という面で共通すると思った話題を朝のうち書いていたもんで・・、そうそう、きっとピンときてくれるんじないか、と思ってコメント書いたんでしたが、その話題を消しちゃったのよ!ほんっと、失礼!わけわかんなかったですね。すいません。ではまた。

投稿: なのか | 2004.09.24 19:52

こんばんはみなさん。
 書いておきながら、反響が予想以上に大きいので皆さんの意見を踏まえながら本音を語ったほうがいいと思いましたので、申し訳ないのですがまとめてご返事させていただきます。
 まず、この記事を書こうと思ったのはいあんさんが読んだ「センセイの鞄」の感想を書こうと思ってました。ですが近頃自分が考えていることは、個性とか十人十色とかそんなことと、この「センセイの鞄」がシンクロしたんでしょうか? そのことを考えていたらちょっと飛躍した考えになり、戦争とかテロとかにもしかしてそれは関係あるのかも? とふと思って書いたのです。普段そんなテロとか考えたことはないんですけど。
 それで、なのかさんからコメントの返事をいただき、考えが浅かったと反省した次第です。確かになのかさんのおしゃるとおりで、しかも現実は残念ながらそのようになってる。そしてその先の答えはないのだろうかと、ご返事するつもりでした。更にその時考えたことについて書きます。一つは、このblogでこんなことを書くには限界があるということ。それと今の日本において、戦争やテロのことを語るのは少々気が引けること。たとえばそんな悲惨な体験をしてもいないくせに何を言う? といような批判を受けるのではないかということ。そんな気持ちが僕にあるということ。そのことに関して議論を避ける自分や周りの空気があるということを感じました。そしてあえてその先のことを考えるならば、戦争になる原因は様々あるかもしれないけれども、「死」というものに直面したときの人類共通の恐怖感情というものをどう乗り越えるかを解決しない限り先へ進めないのでは?(自己の死への恐怖からの過剰反応として戦争になるケースがある)とそのことをまずは自分の問題として考えなければいけないんだと思いました。身近な問題として考えれば、いあんさんの言われてるようなイジメの問題にもそれは共通してると思います。そしてsofがおっしゃるように他を認めることは本当に難しいと僕も思います。
 先日、フォトジャーナリストの長倉洋海さんがNHKの「課外授業」で子供達に戦争のことを説明する場面があって。「たとえばこのクラスが戦争していて、このクラスにいる全員が一番戦争をやめたがっている」と言ったのがとても印象に残っています。

投稿: face(みなさんへ) | 2004.09.24 20:17

結果的に無責任ものになってしまった私のコメントだったのに、誠実な人ですね、Faceさん。それでは、私もホンネを書いてみようと考えていますが、人のブログに書いてしまって自分のブログでは知らん顔というのは「なんだかな」なので、自分のブログで書きます。ただ、本日は「お休み宣言」しているし、じっさい時間の余裕もないので、明日書きます。

投稿: なのか | 2004.09.25 20:06

こんばんは、なのかさん。
とんでもないです。
難しい問題なので
簡単にはご返事出来ないという感じで、
いろいろ、ご指摘の部分も含めて
自分なりに考えてみました。
ピントがずれてるかもしれませんが、
とりあえずこんな感じです。

投稿: face(なのかさんへ) | 2004.09.25 21:43

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