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2004.08.31

『センセイの鞄』を読んでみた

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三宝寺池の夕日。ほんのすこし秋を感じさせる空


 川上弘美の『センセイの鞄』を読んでみた。こんな出会いもあっていいのかというぐらい、恋のはじまる場所としてはふさわしくない一杯飲み屋は奇抜だ。主人公は37歳の独身女性ツキコさん。そのツキコさんが三十数歳も年上でかつての高校の国語教師に恋をする。そして会う場所はほとんど家の近くの一杯飲み屋。酒の肴の趣味が一緒で飲み方も一緒。そんな二人はひいきの球団のことで口をきかなくなったりするが、だんだん仲良くなっていく。センセイは市にさそったり、ツキコさんのほうからもいろいろモーションをかけるのだが、センセイの気持ちがいまいちわかならいが、最後の方でとうとう、センセイはツキコさんにデートを申し込む。そして近くに抱き寄せて、結婚でも申し込むのかと思ったら、「ワタクシと、恋愛を前提としたおつきあいをして、いただけますでしょうか」とくる。ツキコさんはもうすでにセンセイと恋愛をしているつもりになっているのに、ガクッとくる。  
 まぁ、おそらくツキコさんはそんなセンセイの純なところが気に入ってるのだとは思う。普通ではこんなカップルいるの? てな感じの二人だが、それを感じさせないどころか、そんな二人だから出来る純愛。なんと美しいことか。恋愛にふさわしくない二人、そして恋愛にふさわしくない場所、全てが恋愛にはふさわしくないが、リアリティもって愛は純粋さを訴えてくる。現代人の恋愛観に投げかける痛烈な批判だと思う。装幀はキャップ。それしか書いてなかったけど、おそらく飛ぶ鳥を落とす勢いの藤本やすしさん。ベージュのミューズコットンを使ったカバーはやはり品のいい装幀だ。

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2004.08.30

『TUGUMI』を読んでみた

『TUGUMI』を読んでみた。読んでいるうち、「これは前に一度よんでるな!」というのを思い出した。でもなんとなく、物語の展開が予測できない。ということはよほど一回目はピンとこない小説だったんだなと思った。そういえば、吉本ばななは『キッチン』も読んでるけれどもさっぱりわからなかった。しかし、二回目この『TUGUMI』を読んで、しっとりした落ち着いた小説だなと思った。少女を主人公にした青春小説という感じがした。あとがきにもあるのだが、作者が毎夏家族で出かけた西伊豆のことを書いてあるらしい。「その何もなさ、いつも海があって、散歩や、泳ぎや、夕暮れをくりかえすだけの日々の感じをどこかにとどめておきたくてこの小説を書きました」といっている。易しい言葉、読みやすい文章、のわりに奥の深い表現。こんなに難しいことを、よくもこんな簡単な易しい言葉で表現できるもんだなと感心した。やはりタダモノではない。文庫版のあとがきにもあるのだが、「はじめて恋をしたときの世界観、宇宙観で書かれている」とあった。また「その頃の恋はごうまんな人間にはじめて生の風景を見させてくれる」とも。夏の終わりに読む本としてはなかなかいいのでは? つぐみの新しい人生のはじまりで終わります。結構よかったので、日本大学芸術学部長賞をとった『ムーンライト・シャドウ』も読んでみた。これもちょっとSF的だけど、恋人を事故でなくした主人公の微妙な心理が、易しい上手い言葉で複雑に書かれていたって感じ。ブックデザインは祖父江慎さんだった。

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2004.08.28

こてこて大阪のブルースはセントラルパークの匂いもする—上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」

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図書館で上田正樹と有山淳司の「ぼちぼちいこか」を借りて聞いた。ご機嫌なブルース。有山淳司の声が意外に高く、キー坊とのハモリはグッド。ギターもベリーグッド。なかでもお気に入りは「梅田からナンバまで」。「おれの借金全部でなんぼや」の詩が三上寛というのが驚いた。そしてなんか絵が描きたくなったのであった。

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2004.08.27

『孤独であるためのレッスン』を読む

  諸富祥彦の『孤独であるためのレッスン』を読んだ。諸富さんは千葉大学なんかでトランスパーソナル心理学を教えていらっしゃる。本書も根底にそのようなコンセプトをもって書かれた現代の諸問題を解く一書だと思う。
 今の若者にとって「あいつ、ひとりでいる。ともだちいないんじゃないか……」と思われることほど、みじめで、つらいものはないらしい。この本は、そういった不登校、ひきこもり、シングルマザー、パラサイトとといった人たちにたいする世間の目に対して、本当にそうなのだろうか? という疑問を提出していると同時に、一人でいることの意味を掘り下げている。世間一般からみれば孤独で一人でいるような存在は良いイメージではないのですが、一人になることは人間にとって実はとても意義のあることだというのです。だから、孤独それ自体を愛するという意味とは違う。一人になって自分と出会い他者と出会い普遍的なものと出会い、そして超越的なものと出会う。現代人は一人でいることを恐れ本当の自分を見失っている。たとえばランチメイト症候群というのもあるらしい。だから一人になることに積極的な意味を見いだし、自分の心の声に耳を傾けようではないかと、いっているわけです。

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2004.08.26

『100万回生きたねこ』を読む

 昨日、佐野洋子さんの随筆を読んだら、気まぐれ通信さんが佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」を取り上げていたので、改めて読んでみた。物語はほんの10分もあれば読めてしまうのだけれど、作者の言いたいことが分からない。それでまた何回か読んでみるが分からない。あらすじというかはここにまんま載ってます。
 それですこしわかってきたことは、ねこは100万回も生きてる間、王様や船乗りや手品師とか泥棒とかに愛されてはいるが飼い主を愛したことはない。これは何を意味するか? 普通に考えれば人に愛されたことはあっても人を愛したことがないということだと思う。だから愛した者を失う悲しみなどわかるはずもなかった。ところが100万回も生きてきて100万人もの飼い主に飼われてきて、はじめて飼い主のないねことして生まれてくる。そこではじめてこの物語が違う展開をみせるわけだけど、これはいったい何を意味するか、難しいところだ。「ねこは はじめて 自分の ねこに なりました。ねこは自分が だいすきでした。」とあるがそれまでは自分のことが愛せなかったのだろうか? そこではじめて自分を愛することが出来て、しかもこれから白いねこを愛することが出来る。つまり人を愛することは自分を愛することからはじまるという意味なのか? あるいは、単なるアイデンティティの問題でねこは自分を確立したと思ったときに、自分以上に好きな白ねこに会うことが出来たのか? よくわからない。息子に聞いたらねこは最初から自分を好きだったんだといった。そうかもしれない。多分そうだろう。自分を好きになれないものがどうして人(飼い主)にかわいがられるだろうか? とにかく白いねこと一緒になって子供を産み育て、まだ一回も生きていない白いねこに、100万回生きてもわからなかった大事なものを教えてもらったということになる。だからもう生まれてくることもなくなったというわけだ。その大事なことというのは、ここでは自分以外のものを愛するということ。そして幸せな家庭を築くということに象徴されている。
 それは違うとか、もっとこういう読み方があるとかありましたら、お待ちしてます。(自分の低能をさらすようで恥ずかしいのですが、恥を忍んでupします。)

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2004.08.25

ひとりごと

 かつて時代の最新の思想家であり、先端の技術者でもあった輝かしいデザイナーという職能は分業化が進みオペレーター的な存在になってしまった。一方大美術ではコンセプチュアル・アートや、ミニマル・アート、もの派等といった流れが、閉塞的状況を生み絵画的な「楽しみ」を喪失してしまう。そのようななかから日比野克彦やタナカノリユキ等が「イラストレーション」を武器にデザインや絵画的な「楽しみ」を解放していった。絵を描きはじめた頃のように、そして彼らのように楽しみたいと思う。

 話は変わる。山岳系の本は面白い。TV番組も面白い。ガストン・レビュファの『星と嵐』は純粋に登山というかクライミングの楽しさを伝えている。それからウォルター・ウィンストンの『日本アルプス登山と探検』を読むと新島島から徳本峠越えをいつかはやってみたくなる。新田次郎の本なんか読むと、ちょっとした判断が生死を分けることを知らされる。

 また話は変わる。『日本の名随筆 別館86 少女 山田詠美—編』を読んだ。その中の佐藤愛子さんの随筆は紹介した。それぞれの作家書いた「少女」に関する随筆を集めたもので、自伝的な文章もある。有名な作家がある時期は、暗く無口だったがある時期が過ぎると霧が晴れたように快活になったと言うような話とか。吉田秋生の『櫻の園』の評とか。佐野洋子さんの話で、赤いハンドバックと黒いハンドバックがあって両方欲しかったこと。赤は愛らしく黒はシックであって、そのシックで知的な黒に未練たっぷりだったことなどが面白く書かれていた。

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2004.08.24

容量が88%になろうとしてるので

 ココログの容量が88%を超えた。違うblogに引っ越そうか、あるいは画像を小さくして続けようか悩むところだ。とりあえず、illustrationとeditorialの画像の気に入らない画像から小さくしようと思ってます。もし気に入った画像があったら今のうちに勝手に持っていってね。しかもリクエストがあれば、もしご自分でプリント出来るという環境の方、そんな解像度でメールの添付ファイルで送付致します。まあそんなきとくな人もいないか。忘れてください。ひとりごとということで。

 誰もレスできないような、話題。僕はアコーディオンが好きだ〜。自分が好きなアコーディオン奏者。3本指。竹田裕美子(現五つの赤い風船、元アーリータイムスストリングバンドのメンバー五つの赤い風船メンバー)、kumiko(チープチーパースのメンバーで高田渡のbestliveの69など演奏CHEAP CHEAPERS)、吉原リエ(最近、中川五郎と連んでいるrieaccordion
)。あの気持ちを引っ張るような音、まいいちゃうな〜。やはりアコーディオンはフォークソングには絶対欠かせないモノだと思う。僕の心は押されて押されてノビノビだ〜(なんのこっちゃ)。

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全然関係ないけど、近所の石神井公園。夏ももうすぐ終わりかな?

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2004.08.23

死んだら骨をかじって欲しい

 今日は、ちょっとなのかさん風に書いてみたいと思います。まずは以前紹介した茨木のり子さんの詩「自分の感受性くらい」に曲をつけて歌ってるヤツがいました。しかもCDまでだしてる。それはこんなヤツだ。中川五郎ちゃんだ。Goro's New Album 2004。神谷君えらい。よくぞこんなCDだしてくれた。

 そのCDの中に「僕の遺書」という曲がある。その曲の中にこんな詩がある。「僕が死んだら骨にして、ほんのすこしかじってくれ、そして君の骨やカルシウムになって欲しい」詳細は違うかもしれないが、だいたいこんな意味だ。もしものうたじゃないけれど、自分が死んだら誰かそんな風にしてくれたらものすご嬉しいかな? そして葬式は、やらなくてもいいけどもしやってもらえるならはやり親しい人だけに来てもらいたい。そして高田渡の「こいつは墓場にならなくちゃ」をかけてもらいたい。な〜んちゃって。

 やったぜ、野口〜。きゃ〜ものすご〜くかっこいいぜ。コメントも感動した〜。そして土佐ちゃん坂本ちゃんも入賞おめでとう。

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2004.08.22

矢井田瞳を我慢して聴いてたら

 旅行の車中、カミさんのお気に入りだという矢井田瞳の「daiya-monde」というアルバムを聴かされた。なんかあんまり好きじゃないな〜と思いながら、我慢して聴いていた。ただのロックじゃないかと…、ファンには申し訳ないけど声がキンキンしていて、う〜んというかんじだった。しかし、7曲目、「もしものうた」という曲に入って突然、曲想が変わった。なんていうジャンルの音楽なのか門外漢なので分からないが、ジャズっぽくてブルージーでいいなと思った。ふざけた調子で、「もしものうた〜」としゃべって入るのも気持ちいい。こんな歌ばっかり歌えばいいじゃないかと思った次第である。ちなみに歌詞はこちらのサイトで紹介している。もしものうた

 話は変わるが、オリンピックはあまり見ない。であるが唯一女子マラソンだけは見たい。実は密かに、野口選手を応援している。なぜなら今までの日本人の走りと違ってるから。門外漢なので、どこが違ってるのかよく分からないけど、とにかくかっこいい。頑張ってね。

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2004.08.21

雲中の散歩

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 前日ホテルのロビーで「池の平湿原」の可愛い高山植物のイラストがたくさん載ってるパンフレットを発見する。それを見ているうちにだんぜん行きたくなった。息子にはあまり興味が無いかも知れないが、そこは親のわがままを通す。ゆっくりした朝食をとり、目的地をめざす。

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霧のなかから突然一本の杉の木が現れた

 キャンプ場よりどんどん坂を上り20分くらいで池の平湿原の駐車場に着く。下界は結構天気がいいのに、上の方は雲行きが怪しい。早く、雨が降らないうちに見学してこうようと気がせく。木の梢から霧の滴がポタポタ垂れて、やばいかな〜と思う。気温もおそらく16度から18度くらいだろう。ここは標高やく2000m、霧の中というよりは雲の中を散歩している気分だ。湿原というくらいだから、めったに晴れることはないんだろなと思いながら、木道で整備されたコースを歩いて行くと、季節の高山植物、特にヤナギラン、マツムシソウ、ウメバチソウ、ワレモコウ、ノアザミ、アキノキリンソウ、ヤマハハコ、ハクサンフウロなどの群落が霧に煙っている。おそらく晴れた湿原ももものすごく良いには違いないが、霧の風景も幻想的ないい感じ。俄然、写真が撮りたくなってパチパチ撮りまくる。コマクサは時期がちょっと遅くてもう見れなかったけれど、ヤナギランとノアザミとワレモコウとマツムシソウがちょうど時期で咲き競っていた。特にワレモコウは実のように見えるけれども小さな花が集まっている。色は赤く、「吾も赤い花です」という意味らしい。今回この旅ではじめて知った花だ。それから、辻邦生の小説、「花のレクイエム」に」出てくる九月の花・マツムシソウが時期でたくさん咲いている。なんて偶然なんだろう、紫に近い青がさわやかに霧の風にゆれている。残念ながら他の風景に気がいって写真に撮ることを忘れてしまった。そしてヤナギランの群生がシニアの写真家たちの格好のモチーフになって木道をふさぐ。それに交じってパチリパチリと撮る。湿原のコースは全部トレッキングすると結構な時間になる。僕たちは、一番短いコースを選んで回った。それでも約2時間くらいだろうか。場所と運が良ければニホンカモシカにも遭遇することが出来るらしい。息子は気圧のせいで頭が痛いといって元気がなくなって来たので、できるだけ早く切り上げる。標高1400mまで下がって、レストハウスで遅い昼食をとり、息子には頭痛薬を飲ませる。30分もすると治って元気が出てきた。まだ時間があったのでレストハウスの近くのリフトに乗って反対側の山「つつじ平」へいく。残念ながら、ツツジはもう終わってて見れなかったけどそこは、牧場にもなっていてたくさんの牛さんたちがのんびり草をはんでいた。生まれてはじめてリフトに乗ったせいか、息子の機嫌が良くなってきた。

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ワレモコウ。なぜかこの花が気に入った

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ヤナギランの群生

 かなり疲れていたのでまたまた露天風呂にはいって、さらに100円のマッサージ機で疲れを癒す。夜はもうぐっすり、寝る前には降るような星空。更に1時半頃トイレに起きて再び夜空を見上げると、ものすごい降るような星空。こんなの見たこと無い。息子をたたき起こそうと思ったが、可愛そうなのでやめた。そして翌日その話をしたら、「どうして起こしてくれなかったのか」といって怒っていた。だんだん夜が更けると、風が強くなってきた。テントを中心に場内の木々の風にゆれるざわめきの波が遠くからだんだん、海の波のように迫ってきてテントに迫ってくる、その音が頂点に達しようとするその瞬間、僕は恐怖によって木のざわめきの波に飲み込まれそしてはじけそうになって怯えた。そうやってまた次の朝を迎えた。

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ノアザミ

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2004.08.20

キャンプ(国民休暇村鹿沢高原キャンプ場)

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小雨のなかタープやテントを設営する

 国民休暇村鹿沢高原キャンプ場へ2泊3日で行ってきました。場所は群馬県吾妻郡嬬恋村鹿沢温泉で北軽井沢の隣、隣がすぐ長野県です。関越自動車道に乗り高崎IC降りる、倉淵村を通り二度上峠を通り北軽、嬬恋というコースで目的地に着きました。東京から約4時間くらいでしょうか。お昼頃にはついてしまいました。近くのレストハウスで昼食をとり、1時半頃チェックイン。この日の予約は満員でフリーサイトしか空いていませんでした。2泊でサイト使用料1日1000円×2泊=2000円、管理費3日分(大人二人と子供一人)で2400円、合計4400円でした。ちなみにオートサイトはAC電源がついていて、各サイトに炊事場がついている整備されたサイトでした。値段は1泊が3500円でした。我が家はAC電源が特に必要なかったし、オートサイトサイトよりも広く使えて、しかも安上がりで儲け儲け、な〜んちゃって。ということで気分良く、小雨の中を合間をみながらタープやらテントやらを設営する。場内は自然を壊さない感じで適度に整備されていて、静かで、清潔で、木があって涼しく最高のロケーションでした。特にトイレはスリッパに履き替えて入場するようになっていて、泥で汚れているようなことが無く清潔でした。このアイデアはなかなか素晴らしいなと思いました。標高は1400mで、夜も20度前後で寒くも暑くもなく快適な感じでした。一段落して近くのA-coopへ買い出しに出かけました。地元でしか取れない野菜や変わった乳製品なども加えて購入する。もちろんアルコールも。夕方から早くも水割りをちびりちびりやりながら、息子とオセロをやったり花火をやったりして過ごす。仕上げは休暇村のホテルの温泉の露天風呂で疲れを癒す。風呂上がりに、ラウンジで出しているコケモモの生ジュースを飲んでみたけど、これが最高においしい。それで毎日このジュースを飲むことにする。
 翌日の朝は前日より天気が良く、青空が見えている。近くの、といっても長野県東部町の「池の平湿原」へ高山植物を見学に行く。

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翌朝、設営したタープから青空を見上げる

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オートサイトはこんな感じ
見知らぬ女性二人組に「サヨナラ」と声をかけられる

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これはトイレ。思わず写真に撮りたくなるぐらい綺麗

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2004.08.19

霧の中のヤナギラン

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長野県の「池の平湿原」に行ってきました。標高約2000mの湿原で、この日は下界は結構晴れてたと思うんですが、雲の中を散歩してるような感じでした。詳細はおいおいと書いていきたいと思います。

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2004.08.16

映画『この森で、天使はバスを降りた』をDVD版で見た

 冬、五年間刑務所に服役していたある女性が刑期を終え人生をやり直すため、メイン州のさびれた小さな村にバスでやってきた。そして「スピット・ファーヤーグリル」という名前のレストランに住み込みで働くことになる。最初、そこの女主人ハナをはじめ、お客たち村人はその女・パーシーを好奇の目で見る。その目に耐えられなかったのか、パーシーは五年間刑務所に服役していたをカミングアウトする。やがてハナの甥の嫁のシェルビーが手伝いに来てくれて、だんたんと村人たちともお互いに心開いてうち解けていく。そしてハナが「スピット・ファーヤーグリル」を売りたがっていることを知ってパーシーはレストランをかたに作文コンテストをすることを提案する。それが見事成功し、村人を巻き込んでさらに交流が深くなっていく。この映画のひとつのみどころであろう。そしてだんだんにパーシーの過去があかされていく。もう一方で、そのレストラン女主人ハナにはベトナム戦争に行って心を病んで傷ついて帰ってきた息子イーライがいた。イーライはそのため、山の奥に住んでいて食料をハナから与えられ、しかも村人には内緒にされていた。それに気付いたパーシーはお互い心に傷を持っている者のシンパシーで彼に近づいて交流を図ろうとするのだ。それが甥の心ない嫉妬からか事件に巻き込まれパーシーは最後に死んでしまうのだ。最後にパーシーによって心開かれた村にコンテストの優勝者がやってきて映画は終わる。
 イーライは映画では語っていないけれども、ベトナム戦争でおそらく人を殺している。若い頃、村の羨望の的だった彼は、そのため傷ついて人と交わろうとしない。そしてパーシーも過去に人を殺し、しかも自分の子供まで失っていたのだ。そんなパーシーだからこそイーライの存在に気づいた。そしてイーライだけでなく村人の閉ざした心を開くことが出来たんだと思う。もしもパーシーがそんな過去を持っていなかったら、そんなにも病んだ心が存在することなんて想像さえできなかったろう。最後が悲しい、なぜパーシーは報われなかったんだろう、疑問は残る。そしてパーシーの変わりにコンテストの優勝者が、心開かれ再生した村にやって来ることが更に自分にとっては悲しいことだった。
 ・タバコをやめてもう何年にもなるけど、この映画を見てまた吸いたくなった。
 ・それから、パーシーのファッション(重ね着)が気にいった。
 ・ハナの帽子がカッコ良かった。
 ・パーシーがジョディー・フォスターに似てた。
 ・シェルビー役の女優もいい味だしてた。
 ・メイン州(ニューイングランド地方というのか?)は美しい。
 ・甥がいやなヤツだった。

 次の日『トーク・トゥ・ハー』を観る。これついてもいずれ書きたい。

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2004.08.15

ラングストン・ヒューズの『おなじみの短い手紙』は典型的な反戦歌

この詩に高田渡というひとが勝手に曲をつけて歌っている。
なにはともあれ詩を読んでいただきたい。
その意味だけ記すと、

その手紙は短いくて、そして誰でも知っている見たことのあるおなじみの手紙だ。
その手紙は、あなたは墓にはいったほうがいいといっていて、裏にはなにもかいてなくて、ピストルもナイフも何も使わないでその手紙がぼくとあなたの命をうばってしまうといってる。
そんな手紙を昨日の朝に郵便箱の中に見つけたといってる。

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2004.08.13

第二夜 『花のレクイエム』 すみれ 三月

すみれと聞いて、みなさんはピンとくるだろうか? ぼくはパンジーもすみれだと思っていた。色も白や紫やいろいろ。いつも花屋にありそうで、ほんとうに三月に咲く花か疑わしい。花言葉も知らない。でも、なんとなく可憐な清楚な花というイメージだけは、ぼくにはある。

それからこの本の装幀は大好きな渡辺和雄さんだ。さすがこの本のなんにもないセンスが光っている。彼と山本容子さんのゴールデンコンビの作品は、この他にも河出書房新社から出ているジャック・ロンドンの『白い牙』なんかがある。

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2004.08.12

『花のレクイエム』 向日葵 八月

辻邦生の『花のレクイエム』を読んだ。一月から十二月の花にまつわる物語だ。あまりにも文章が美しい。自分なんか三回生まれ変わってもこんな文章は書けまい。

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2004.08.10

『南風』より

minamikaze

風が運んだ花の匂いに
酔ってしまったぼくなのさ
透き通る桃色の小さな耳に
そっとかみついてしまったのさ
あの夏の日の午後から
僕はず〜と酔っぱらいぱなし
いつも心臓がどきどきして
ほっぺたは
まっかではずかしい
佐藤博 『南風』より

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2004.08.04

人生横丁2

白昼の「人生」という横丁に「愛」という名の看板割れる(高田渉)

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人生横丁1

サンシャイン通りを下リ西入ル人生横丁に愛捨てる(高田渉)

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2004.08.03

未来へのトリップの効果

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今、あるもので、将来なくなっていたらさびしく思うだろうものを考えることで、今、本当に大切なものが何かに気づく。悩んだり重荷に感じたりしているものほど、なくなってみると胸にぽっかり穴のあく思いがする。

それから、思い出に浸ることを恥じたコメントをしたらある人は、こんな言葉を教えてくれた。
記憶を思い出に置き換えて読んで欲しい。

「記憶のつくり方」 あとがきより
記憶は過去のものではない。
それは、すでに過ぎ去ったもののことでなく、
むしろ過ぎ去らなかったもののことだ。
とどまるのが記憶であり、
じぶんのうちに確かにとどまって、
じぶんの現在の土壌となってきたものは、記憶だ。

記憶という土の中に種子を播いて
季節のなかで手をかけてそだてることができなければ
ことばはなかなか実らない。
じぶんの記憶をよく耕すこと。
その記憶の庭にそだってゆくものが、
人生とよばれるものだと思う。

長田弘

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2004.08.02

門外漢 ロックを想う—BUMP OF CHIKEN jupiter ベンチとコーヒーの場合—

 かつて日本においてロックはイモだった。なんていったらロックファンにボコボコに殴られるに決まってる。村上龍の「69」がこの夏休みブレイクしてるらしい。学園紛争がそろそろ終焉しようとしていて、時代の雰囲気が内面へむかおうとしてる頃、社会からドロップアウトしていく人間やヒッピーたちはニューエイジや精神性世界へと旅立っていった。フォークソングはそんなものとシンクロしながら花を咲かせていった。1969年のウッドストックはインパクトがあったが、その熱はロックよりもむしろフォークソングの方に飛び火したように思う。その頃の自分が聞いたロックといえば、ジャックス、はっぴえんど、頭脳警察くらいか。どちらかといえば、遠藤賢司や三上寛やシバのほうが歌詞もロックに近く激烈だった。
 その頃、ロックはサウンドに日本語のノセられないで困っていた。そんななかでもはっぴえんどの「春よこい」は日本語の問題をクリアした数少ない例だったように思う。とくに1971年のフォークジャンボリーの演奏をURCの録音で聞くと、全然古くない名演奏だ。涙がでてくる。それから、キャロル。たとえば、君はファンキーモンキーベイビーというフレーズ。それはロックという音にノッて妙に気持ちよかった。このころからロックにはカタカナのフレーズ多くなって、ロックといえばサビの部分にカタカナがはいるというスタイルが確立されたように思う。その次に僕にとってロックといえばやはりサザン。たとえばビートルズなんかを聞くとき、英語の意味なんか知らなくてもBGMとしてきいていたり、めちゃくちゃ英語で歌っていたものだ。そんなところから、歌詞なんてわからなくても意味なんて伝わらなくてもいいじゃないかと、桑田流の音楽ははじまった。それが妙に新鮮で音にノッていた。しかも歌詞がかろうじてわかると言えばわかる、非常に聞き取りにくい彼流の歌い方。絶妙だった。あれから、ロックといえば妙にカッコつけた歌いくちが流行った。それ以降、ロックから遠ざかっていた。
 そして息子がネットでBUMP OF CHIKENの「ダンデライオン」という曲を見つけ興味を持った。そして図書館に「jupiter」を予約に入れた。その予約がすでに20件もあった。それで借りられたのが2カ月近くもたってからだった。それだけ人気があるということか。それでじっくり腰を落ち着けて聞いてみた。日本語の問題をこんなにもうまく問題解決して、しかもその歌詞の内容、音、格段とロックは進歩していたという感じだった。特に気に入ったのは6曲目の「ベンチとコーヒー」だった。尾崎豊の詩をロックに乗せたといったら笑われるだろうか。静かにやるせない自虐的なラブソングのピュアさ。涙が出てくるほどせつない。

※ロックの歴史についてはこの辺が詳しい。日比谷野外音楽堂 - 飛龍のロック雑記帳

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