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2004.08.26

『100万回生きたねこ』を読む

 昨日、佐野洋子さんの随筆を読んだら、気まぐれ通信さんが佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」を取り上げていたので、改めて読んでみた。物語はほんの10分もあれば読めてしまうのだけれど、作者の言いたいことが分からない。それでまた何回か読んでみるが分からない。あらすじというかはここにまんま載ってます。
 それですこしわかってきたことは、ねこは100万回も生きてる間、王様や船乗りや手品師とか泥棒とかに愛されてはいるが飼い主を愛したことはない。これは何を意味するか? 普通に考えれば人に愛されたことはあっても人を愛したことがないということだと思う。だから愛した者を失う悲しみなどわかるはずもなかった。ところが100万回も生きてきて100万人もの飼い主に飼われてきて、はじめて飼い主のないねことして生まれてくる。そこではじめてこの物語が違う展開をみせるわけだけど、これはいったい何を意味するか、難しいところだ。「ねこは はじめて 自分の ねこに なりました。ねこは自分が だいすきでした。」とあるがそれまでは自分のことが愛せなかったのだろうか? そこではじめて自分を愛することが出来て、しかもこれから白いねこを愛することが出来る。つまり人を愛することは自分を愛することからはじまるという意味なのか? あるいは、単なるアイデンティティの問題でねこは自分を確立したと思ったときに、自分以上に好きな白ねこに会うことが出来たのか? よくわからない。息子に聞いたらねこは最初から自分を好きだったんだといった。そうかもしれない。多分そうだろう。自分を好きになれないものがどうして人(飼い主)にかわいがられるだろうか? とにかく白いねこと一緒になって子供を産み育て、まだ一回も生きていない白いねこに、100万回生きてもわからなかった大事なものを教えてもらったということになる。だからもう生まれてくることもなくなったというわけだ。その大事なことというのは、ここでは自分以外のものを愛するということ。そして幸せな家庭を築くということに象徴されている。
 それは違うとか、もっとこういう読み方があるとかありましたら、お待ちしてます。(自分の低能をさらすようで恥ずかしいのですが、恥を忍んでupします。)

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コメント

faceさん、こんばんわ
>恥を忍んで
とか書いておられるので、全然そんなことないし、
大人の男性で真剣に絵本を語れるなんて素敵!
と思ったのでコメントさせていただきます。
『100万回生きたねこ』有名ですよね
私も好きですが、佐野洋子さんが谷川俊太郎さんの
奥様だという事は知りませんでした。(^人^)感謝♪
”愛されて当たり前だった存在が
はじめて他人(他猫?)を愛することを知り、
愛するという事(意味?)がわかったので、
もう生き返らなくてもよくなった”
と解釈しているのですが、本て(特に絵本て)
読む人によって解釈が違ってもいいと思うのです。
絵本は子供のものと思っていましたが、
大人のためのものでもありますよね
(『あらしのよるに』シリーズもいいですよね!)
疲れたとき、美しい(と自分が思っている)画を見ながら
ページをめくると幸せな気持ちになれます。
(長々と済みませんでした(^^;;)

投稿: キャサリン♪ | 2004.08.26 23:56

こんにちは、キャサリンさん。
いや〜真剣とかというよりも、絵本が好きなんですよ。
文章も易しいし、絵があって読みやすいんですよ。
特に自分も絵とかイラストを少し描くこともあって
勉強になるという部分もあるんですけどね。
でもあなっどてはいけませんよね。
なかにはすごく深い意味のある童話なんかあったりするんですよね。
基本的は、キャサリンさんがおっしゃるように
読む人によって解釈が違って言い訳だし、
また、いろんな風にとれるところが絵本や児童書の良いところだと思うんです。
ただなんとなくわからなかったり、引っかかる部分があると気になってしまうんですよ。
他にも好きな絵本とかありましたら、キャサリンさんのblogでも紹介してくださいね。
コメントどうもありがとう。

谷川さんの奥様ということは、事実を確認して無くて、ただのうわさにすぎないんですけど、間違ってたらごめんなさい。

投稿: face(キャサリンさんへ) | 2004.08.27 11:46

谷川さんの前の奥さまが、谷川さんの痴呆だかになられたお母様をずっと看られて、その頃、谷川さんは家を出てアパート暮らしをし、親のことは奥様にまかせていて、そののち、結局、佐野洋子さんとステディになられたのだと思います。親の世話を終えたのちに奥様とは別れたということだったのか・・と思ってるんですが、勝手な思い込みかも。お墓がどーとか書いていたこともあるので、佐野さんと正式に婚姻したのかもしれません。しかし、その後、谷川さんはまたひとり暮らしをしているかのようなことを書いていたことがあります。別居夫婦なのかもしれません。このおふたりが始めてふたりで作った本も持っていて、これはとっても面白くって、しかしいかにもふたりは恋人まるだし・・という、けっこう「いい気な」本です。私は高校生の頃から谷川さんの詩が好きでしたし、佐野さんのエッセイにもとても惹かれた時期がありました。が、いまは少しばかり、違和感を抱いています。もちろん、恋というものがやってくるのはそれはしかたのないことだけれど、その先どう生きるのか、ということです。

投稿: なのか | 2004.08.28 00:40

こんちは、なのかさん。
コメントありがとうございます。
そうゆうわけだったんですね。
茨木のり子さんの書かれたエッセイには、
名前は忘れてしまいましたがおそらくその前の奥様の
ことが書かれていたように思います。
それから谷川俊太郎さんのご自宅は職場の近くにあって、
ひとりでぶらぶらあるいてるところよく見かけるんですよね。
それからねじめさんもよく見かけます。サインなんてもらいませんけどね。

>私は高校生の頃から谷川さんの詩が好きでしたし、佐野さんのエッセイにもとても惹かれた時期がありました。が、いまは少しばかり、違和感を抱いています。もちろん、恋というものがやってくるのはそれはしかたのないことだけれど、その先どう生きるのか、ということです。

よろしかったら、いつかこの部分を掘り下げて書いてくださ〜い。自分のはそんなことに関するコメントをある人の処にしました。よろしかったら、読んでください。はずかし〜。ここ

投稿: face(なのかさんへ) | 2004.08.28 12:11

faceさん、トラックバック、ありがとうございます。
みなさんのコメントも読ませていただきました。

ねこは、100万回も生まれ変わって、ようやく愛を手に入れたらしい。人間の私は、これまで何回生まれ変わったんだろうか。本当の愛に巡りあったことがないから、今、生きているんだろうか。人前で大泣きできるほど相棒を愛しているだろうか。等々、いろんなことを考えました。なのかさんの書かれたように、恋と愛とは違うでしょうし、いわゆるカイゴの問題も身近にありますし。

で、佐野洋子『私はそうは思わない』ちくま文庫、「二つ違いの兄が居て」、より引用させていただきます。
“(前略)ゆるやかに崩壊していった家庭を営みながら、私は一冊の絵本を創った。一匹の猫が一匹のめす猫に巡り逢い子を産みやがて死ぬというただそれだけの物語だった。「100万回生きた猫」というただそれだけの物語が、私の絵本の中でめずらしくよく売れた絵本であったことは、人間がただそれだけのことを素朴にのぞんでいるという事なのかと思わされ、何より私がただそれだけのことを願っていることのあらわれだった様な気がする”

どうにもならないことっていうのがあって、だからこそ芸術も生まれるんでしょうけど。

投稿: melas | 2004.08.28 12:58

指摘のコメント読ませていただきました。
恋愛と子供産むうんぬんとは繋がらないことで、
より精神的な「弧」と関係したものだと考えているので、
かなりfaceさんとは話ズレちゃうと思いますよ私(笑)
でも、そのうちまた・・。

投稿: なのか | 2004.08.28 18:35

こんばんは。
そうですか。
すんまへん。
そのうちまたどこかで
きかせてくださ〜い。

投稿: face(なのかさんへ) | 2004.08.28 20:02

melasさんコメントありがとうございます。
様々な意見が聞けて勉強になりました。

みなさん、やはり個性的にいろんな
読み方をされていて、しかもその表現も様々。
深い読み方をされているんだなと思いました。
どうも有り難うございます。

ごめんなさい、レスがへたくそで。

投稿: face(melasさんへ) | 2004.08.28 20:17

こんにちは、涼 です。

はじめて読んだ時、少々悩みましたが。
色々な受け止め方があるのだと思います。

涼のブログに、コメントを有り難うございました。お返事が書けずにゴメンナサイ。

投稿: | 2004.08.30 11:10

涼さん、こんばんは。
たいしたコメントも書けず申し訳ありません。

>はじめて読んだ時、少々悩みましたが。
色々な受け止め方があるのだと思います。

今回、いろんな人の意見を伺って
改めてそのように思いました。
そしてとても勉強になりました。
また何年か後に読むとまた違った読み方が
出きるかもしれませんね。

投稿: face(涼さんへ) | 2004.08.30 18:52

今の私は、昔の「ねこ」なのかも知れないと思いました。
愛されていることにありがたみを感じない。
愛されていることを信じられない。
どうしてそうなってしまうかというと、自分自身を愛していないから、許していないから、信じられないからなのだと思います。
自分を愛せないと、他の人の愛を感じる事もできないのです。
相手を責めて、自分の人生を嘆いて。
どうしたら、自分を愛せるようになるのか、許せるようになるのか、信じられるようになるのか、良い方法があったら教えてください。

投稿: rikako_geo | 2004.10.26 01:50

はじめまして。コメントどうもです。自分も似たようなもんです~。ただ、自分にも少しはいいところがあると思うようにしてます。他人と比較するのではなく、過去の自分と比較してどうかと思うようにしてます。それで年とともに夢をあきらめたとまでは言いませんが、そこそこ自分がどういうものか見えてきたっていう感じ。たとえば、足が遅いのにオリンピックに出るような選手にはなれないでしょう。なので自分にできそうな範囲でがんばるというか、今を受け入れてそこからベンキョウダつていうかんじかな。あと参考になると思いますので、chiiko通信さんもこの本を読まれてます。http://chiiko.cocolog-
nifty.com/chiiko/2004/08/100.html

それから茨城のり子さんの『自分の感受性くらい』
という詩があるんですけど、これも関連してるかな?
よろしかったら詩のカテゴリーにありますので読んでみてください。

投稿: face(rikako_geoさんへ) | 2004.10.26 09:37

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