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2004.05.16

キューバとピート・シーガーと60年代フォークソング

 昨日は、ETV特集を見た。そして昨日エントリーしようと思ってたキューバの音楽が、ピート・シーガーという共通項で繋がってしまった。びっくり仰天したのは、高石ともやの発言だった。彼が立教大学をやめ大阪の釜ヶ崎で日雇い労働者として働いていたとき、「たまたまピート・シーガーのカーネギー・ホールのフリーダムコンサートのLPを買って聞いたのが、フォークソングを歌うきっかけとなった」と言ったのだ。実はその「ピート・シーガーのカーネギー・ホールのフリーダムコンサート」のなかで歌われた歌、「グァンタナメラ」のことを書こうと思っていたのだ。
 「グァンタナメラ」それは、キューバ音楽の中でもっとも有名な曲らしい。新聞のちょっとした囲み記事を見つけたのだ。最近、キューバの音楽に関心がいってて、そうでなければそんな小さな記事なんか読む気にもならなかったのだが、読んでみるとなにやらピート・シーガーのことが書かれているではないか。どれどれといった感じで読んでみた。そのメロディーは東部州のウァンタナモの田舎に住む人々をイメージさせるのどかなもので、後に、キューバ独立の英雄ホセ・マルティの詩をのせたものが有名になったらしい。マルティは第2次独立戦争の時に革命のために命を落としたが、その後、1959年の米国からのキューバの独立の原動力になった人だ。革命前も後も、この曲が世界的に有名になったのには、もう一つの訳があるというのだ。それは、米国のフォークソングのリーダー的存在だったピート・シーガーが63年、つまりキューバとの国交を失った後にカーネーギー・ホールでこの曲を歌ったのが、そのもう一つの理由だというのだ。実際にそのコンサートもそのLPも聞いたわけではないので、詳しくはその状況がわかならないのだけれども、キューバの人にとって心強い応援であったと同時に、誇らしくもあったに違いないことは想像される。
 その「カーネギー・ホールのフリーダムコンサート」のLPを聞いて高石ともやは、フォークソングを意識しはじめ、意識してフォークソングを歌いはじめたと発言したのだ。高石ともやといえば、高田渡よりも数年早く歌はじめた人だ。僕の知ってる同時代のフォークシンガーでは中川五郎、岡林信康、早川義夫、金延幸子くらいか。だから彼がピート・シーガーの曲やアメリカ民謡に「訳」ではなく自作の「詩」をのせて歌いはじめた日本のフォークソング誕生の一瞬を語った重要な発言だと思って、とても感慨深かった。しかもそのピート・シーガーはキューバの歌をそのコンサートで歌っていたなんて。もしかして、日本のフォークソングもキューバの影響を受けてるなんていっても、あながち嘘にはなるまい。
 その他、あの番組で思ったことはいろいろあって。たとえば以前から「京都」という土地が日本のフォークソングの重要な舞台になっていたこと。あの番組では、1968年の「フォークキャンプ」が「宝寺」というお寺の広間で行われたこと。フォーク・クル・セイダースが京都からデビューしたこと。高田渡やボブ・ディランの翻訳で有名だった中山容さんなんかが京都に住んでいたこと。それから、新宿西口公園のフォークゲリラで有名な「ベ平連」とかにプロである彼らが商業主義だといって批判されたこと。そして、コンサートが途中から討論集会になっていったこと。アマチュアや学生たちをリードしていた彼らが、商業主義という批判を自分のなかでそれぞれ、答えを出し、ある人はとは沈黙し、ある人は歌い続け、線香花火のように短いフォークソングの時代を駆け抜けていったこと。そして彼らが50代、60代を迎えまた歌いはじめたこと。高石ともやの歌がけっこう良かったこと。「死んだ男の残したものは」という曲の作詞は谷川俊太郎だというのは知ってたが、作曲が武満徹だと知って驚いたことなど。新たな発見も多い番組だった。おいおい頭の中を整理しながら、またフォークソングのことを少しずつ書いていきたい。
 高田渡のことでいえば、ほとんど知ってることだったので、あまり新しい発見はなっかた。ただ、酔っぱらいの一面だけ妙にクローズアップされてて、特にそう言う風に編集された感じではなかったが、取材したコンサートがたまたまあんな感じだったという印象を持った。何回か彼のライブにはいったことがあるが、ファンとしては彼の歌ってる「詩」のこととか「音楽」のことをクローズアップして欲しかったというのが本音だ。それに反し、高石の歌の上手さや生きてるピュアな感じ、とてもよく伝わってきたのが、高田渡ファンとしては微妙に複雑な気持ちだ。そして、彼の「おいでよ僕のベッドに」も聞いてみたかったし、中川五郎や岡林信彦のことが出てきてもおかしくなかったのではないか? 渡と高石の二人だけでフォークソングのすべてが語られる訳ではないということを前提に見れば、かなり面白い番組ではなかったかと思う。

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コメント

また,古い記事にコメントさせてください。

キューバは一時「型にはまった社会主義革命」を嫌う「左翼」の憧れだったのかなあと思います。私は多分「心情左翼」でしかなかったと思いますが,高校生のころの一時期,一生懸命カストロのキューバ革命の本を読み漁っていました。確か,岡林が一度活動休止したときも「キューバへさとうきび刈りに」などと言っていたのでは?

この番組,確か見たと思います。高石さんと渡さんというのは,優等生と放蕩息子といった対比だったのかなあと思いました。「死んだ男の残したものは」は,先日のコンサートでも小室さんが歌っていました。ついでに小室さんの「武満徹ソングブック」というCDを買ってきて聞いています。なかなかいいです。

投稿: なも | 2005.02.12 22:30

渡は酔っぱらってしまって、
ステージで酔いつぶれてましたね。
ライブでも
大丈夫かな? なんていう感じの
歌が結構ありますね。

投稿: face(なもさんへ) | 2005.02.13 19:25

初めまして。瀬尾はやみと申します。
わたしも60年代70年代フォークソングにのめり込んだものの一人です。ほんと、あの頃のフォークブームの熱気を今の若い人たちに知ってもらいたいですね。団塊の世代のわたしたちは、とにかく反抗的で、ひたむきで「フォークで世の中を変革できるのだ」なんて本気で思っていましたものね。若気の至りと言ってしまえばそれまでなのですが、やはりあの頃の歌を聴けば青春がフラッシュバックし、悩み多きあの時代がひたすら愛おしく感じられます。ところで、どなたか教えて頂けませんか?どこに聞いても答えてくれないのですが、確かあれは70年代の終りか80年代に入ったころだったかと思いますが、デヴィッド・キャラダイン主演の「Bound For Glory」という映画のDVDかビデオをどうしても手に入れたいのですが、どうすればいいですか?

投稿: 瀬尾はやみ | 2005.08.17 22:50

こんにちは、はじめまして。
ちょっと、家族で旅行に行っていて
留守にしてたので、お返事がおくれました。

そうですか、
ウディ・ガスリーの映画のDVDですか?
ということは相当なフォークファンでいらっしゃいますね。
実は、自分よりも物凄く詳しい人が
このblogにたまに遊びに来てくれるんです。
もしかしたらその人が御存じかも知れません。
このblogのサイドバーにある
フェイバリッドの「幻泉館 日録」さんの御主人でしたら
きっと御存じですよ。よかったら覗いてみてください。

投稿: face(瀬尾はやみさんへ) | 2005.08.19 12:49

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