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2004.03.02

訳の解らないもの

「暗黒舞踏」もそうなんだけれども、訳の解らないものに惹かれる。その他には、アンリ、ルッソーの「眠れるジプシー」という絵も良く解らない。夜の砂漠にジプシーが寝ていて、そばにライオンがいるあの不思議な絵だ。解らないけども何故か惹かれる。解らないから勝手に解釈してみる。それは、まあそれは後日詳しく述べるとして。それから、マルク・シャガールの絵で、ベラと一緒に故郷の空を飛んでいる絵があるけれど、村を囲う柵の外で誰かがお尻を出して用を足そうとしている。あれが解らない。その他訳の分からないものは、いろんなところに、たくさん存在するわけであるが、特に路上に存在する訳の分からないものに惹かれた連中もいる。

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 赤瀬川原平や藤森照信、南伸坊、秋山祐徳太子などが「路上観察」といって路上に存在する役に立たないもの、意味不明なもの、あるは意味が喪失してしまったものを発見して楽しもう。というのをやっていた。「トマソン芸術」といって、何十年か前に巨人にやってきた役立たずの外人助っ人、トマソンの名前をとって名付けられた。やはり僕だけではなく、訳の解らないものに惹かれる人間は他にもいるのだ。そして、fairy*taleさんもまた訳の解らないものに惹かれる人間の一人であるに違いない。
 でもこの場合、何か作者の意図が感じられるようにも思われる。僕はこれに勝手にタイトルを付けてみた。「現代版埴輪」というのはどうだろう。あまりぱっとしないか! もっと素晴らしく面白い解釈もあるかもしれない。こうやって訳の分からないものに首を突っ込むのは、結構、面白い。

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