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2004.03.30

吾が心の青い津軽編

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れど

望郷やみがたく

果てしなく

荒野には

茫々と

風が

吹いている…

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2004.03.29

君が とても 遠いとき

が とても 遠いとき
それは わたしが 背伸びを
しているとき

君が とても 遠いとき
それは わたしが わたしの 重さを
片目をつぶたまま かぞえているとき

君が とても 遠いとき
それは わたしが 醜く震える指を
隠そうとしているとき

君が とても 遠くで歌うとき
それは わたしが 思いを伝える術を
知らないとき

君が とても 遠くで輝いているとき
それは わたしが 暗い荒野に
呑み込まれそうになっているとき

頼りなく 震える わたしの 命を
そのままに 静かに 柔らかく ひらいて
繋がることは  できないのだろうか?

今、咲き香る 花々と
そして 君と 宇宙と
この香しい四月の夜に

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2004.03.28

ブレヒトの三文オペラ

日は、ベルトルト・ブレヒトの「三文オペラ」という芝居を見た。チラシとチケットをつくった関係で当然無料。芝居といっても何千人とか来る奴ではなく、50人も入ればいっぱいになってしまう会場だった。音楽はクルト・ワイル。出演者はほとんどが文学座の研修生。(だと思う)そして、うちの社長も主演した。物語の歌手として。この世界はよく分からないのだけど、うちの社長は結構この世界では唄はうまいのだそうだ。そして演出は吉兼保、ピアノは武石玲子。ブレヒトの作品はこれで2度目。昨年は「ゼチュアンの善人」という芝居だった。これらの芝居はオペラで中心で、芝居そのものよりもオペラを聞かせるという方が主眼かもしれない。芝居の内容は、ご存じの方も多いのでここでは書かない。キーワードは「貧乏」「癒着」「裏切り」「自由」といったところだろうか。いずれにしても現代とは時代が全く違うが、時代を超えた人間の本質を鋭くえぐっていると思う。それぞれの主演者の唄と芝居を満喫し、少しでも日常から抜け出せたような気がした。


ベルトルト・ブレヒト
1898年、ドイツのアウグスブルクに生まれた左翼詩人・劇作家。創作活動を通して反ナチ・反ファシズムを訴え、フランス、スウェーデン、フィンランド、アメリカなどに亡命。「三文オペラ」は1928年に初演。


クルト・ワイル
1900年、ドイツのデッサウに生まれる。「三文オペラ」で名声を確立。33年にフランスに亡命。数多くのミュージカルを手掛ける。

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2004.03.27

夢はバーベキュー&パターゴルフ

日は裏庭に芝生の種をまいた。一ヶ月ぐらい前から土・日に少しずつ土を耕した。それは、石を取り除くためと、土に酸素を混ぜるため。そして石灰を蒔いて、芝生が育ちやすい土壌にするためだ。雑草だらけの庭よりは芝生の方が気持ちがいいだろうと思い、去年初トライした。最初はよかったのだが、暑くなるにしたがって雑草が多くなってついには負けてしまった。その雑草を取るのが大変で、一本一本手で抜いていたのだが、間に合わなくなってしまった。今年こそは、雑草に負けない芝生をつくるぞと決意、まずは土壌づくりをしっかりやろうと思った。ホームセンターでフルイを買ってきて、鋤で耕した土を一生懸命ふるった。これが結構大変で、1日2メートルの幅で1メートル進むのがやっとだ。毎週少しずつ気長にいつかは終わるだろうと思いながら、今日やっと終わった。そして「ケンタッキーブルーグラス」という冬に強く夏に弱いという品種の種を蒔いた。結構腰にきてる。カミさんの二の舞にならなければいいが…。去年の経験からすると、およそ1週間から10日でかわいらしい芽がでてくるはずだ。後は、乾燥しないように適当に水を与えるだけでいい。今年はうまくいくといいな〜。夢は、裏庭でバーベキュー&パターゴルフ。そんなうまくいくか? な〜んちゃって。

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2004.03.21

「しなやかな命」「KYOKO」そして「村上龍」へのオマージュ

った三つの目的のためにキョウコは、ニューヨークへ旅立つ。ホセに会って、ありがとう、と言う、そして一緒に踊る、うまくなったね、と言ってもらう。たったそれだけのために。


歳の時に両親を交通事故でなくした彼女は、叔父に引きとられ米軍基地のある街で育つ。そして八歳になった夏、ホセに出会う。ホセ・フェルナンド・コルテス。GIで、ダンサーだった。ほんの数ヶ月、彼女はホセにダンスを教えてもらった。彼女とホセは、ラジカセを持って公園や空き地に行き、踊った。ホセと一緒に踊っていると、イヤなことを全部忘れることができた。洋服を買ってもらっても、学校で先生にほめられても、遊園地に行ってジェットコースターに乗っても、友達とプールに行っても、ホセと一緒にステップを踏むときの気分にはなれなかった。「よく音楽を聞いて」ホセは、自分の耳や彼女の耳、それにラジカセから出る音を指差すようにしながら、いつもそう教えた。ホセがアメリカへ帰る日、彼女は風鈴をあげた。ホセはニューヨークの彼の住所と、ダンスシューズをプレゼントしてくれた。フランス製のダンスシューズで、表に「KYOKO」と名前が書いてあった。

セがいなくなってからも彼女はダンスを続けた。もっともっと踊りがうまくなって、いつの日かもう一度ホセと踊りたい、そう思いながらダンスを続けた。高校を卒業するとファーストフードの店でアルバイトをしながら普通免許をとり、その後、トラックのドライバーになった。そしてお金を貯めた。二十一歳になった春、やっとニューヨーク便のチケットを買った。


3章 パブロ・コルテス・アルフォンソ それは詩だ。しなやかな命だ。


勤の終わった道路工事夫やボーイ
バスの始発までの時間を
一杯二ドルのダイキリで過ごす
ラテン音楽を聞きながら

そのしなやかな命は
溢れてくる涙を
一粒も流さず
その場のすべてを飲み込んだ
唇をかみしめ
彼の名誉を守るために
まずゆっくりと肩を回す

その音量はゆっくりと上げられた
最高のバーテンダーは亡命者かやくざだ
うまいカクテルをつくる決め手は
酒と氷の隙間

地平線が荒野に飲み込まれようとする
その瞬間
シンコペーションを捉えて
反転させた身体は
四のステップを踏む
いくら獲物にとびかかろうとしても
決してその軸はぶれない
それはルンバ・コロンビア
それはアフロ・キューバン・ダンス

大切な古い友人に
その魂は救われた
ニューヨークのダンサーでさえ
一度や二度見ただけでは
絶対にまねることのできない
ボリリズムのその動き
その恩に報いるために
繰り返し繰り返し
練習したに違いない
そして
もっとも激しい動き
フラミンゴ

の匂いが漂う
獰猛な
戦士の踊り
肩を中心とした
上体だけ揺らす
ステップはシンプルだが
攻撃的でエレガントでセクシー
それはキューバ人の誇り
うねるようなベースに乗った
アルトサックスのソロ
その背後では
シンフォニーのエンディングのような
緻密で熱狂的な
ブラスのアンサンブルのドライブ

フロアーを照らす
ブルーの灯り
一度その命は
悲しそうな表情で
バーテンダーを見た
店のすべての客は
その魂から目をそらすことができない
アルトサックスの嵐のような
ソロの向こう側から
彼女の息づかいが
確実にゆっくりと大きくなっていく
彼女は倒れるまで踊るつもりだ
彼女の黒い髪が揺れるたびに
すべての客は理解した

古い友人が教えてくれた
わたしの踊りは、
ただのひまつぶしでも
ちょっとした遊びでも
気の利いた趣味でもなかった
その命の全身は
そう訴えていた

来は今
もうすでにその命の手の中にある
その命はどこかへ向かう途上にいる
キューバはゴールではない
途上にいて
しかもそれを楽しんでいるとき
その命は
未来を手にすることができる


者のあとがき
キョウコは、基地の街に育ち、ニューヨーク、アメリカ東海岸を縦断して、最後にはキューバへと渡る。移民や亡命者やエイズ患者やゲイの間を、彼女はまるでかぜのように通り過ぎてゆく。中略。
『キョウコ』は希望と再生の物語だ。
閉塞的な状況に苛立ち、自分を解放して生きようと何かを捜し続ける人々が、この作品に触れて、勇気を得てくれることを、私は願っている。


は確かに希望と再生の物語をうけとった。


*ここにかかれているほとんどの言葉はすべて村上龍氏の「KYOKO」から引用しています。ほんの少しだけ自分の言葉を詩に似たように付け加えただけです。村上龍氏に敬意を表して。

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2004.03.16

サッカー観戦

今日は、会社でTVのサッカーを見ながら、ピザを食べて、みんなでわいわい言いながらお酒を飲みました。けっこう酔っぱらいましたので、もう寝ます。

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2004.03.15

ライオンの誇り

ばたに揺れる
ライオンのたてがみ
リヤカーにぶら下がる
花売り娘の声
悲しみを忘れない樹液の涙
四月の花嫁
風に吹かれて
中庭のダンディ
きらめく四月の光に
灯台が輝く
花咲く冒険
一冬の記憶に
むせかえる
日向の匂い
それは
タンポポ
ほこりもりも高く
それは
ライオン

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2004.03.14

半分、それは…

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尻屋崎の「寒立馬」


それは沖縄の照り返すような光
それは一本道の道ばたに生えてる名もない草の影
ゆれる草の影
果てしなくどこまでも続く消失点
風が道の砂を巻き上げ
空っぽの心に
ライクーダのボトルネック奏法

半分
それはサイレント
それはフリーダムジャズ
静かな深い湖
何処へゆこうとするのか
とりとめのない騒音
ニューヨークの闇と
ソーホーの犬の糞
自由なアーティスト

半分
それはポジ
それはネガ
すぐそこまできている花の宵
花の陰に揺れる恋人たち
その匂いにむせる心と心
涙を流したあの丘

半分
二つのコントラスト
二つのアンサンブル

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2004.03.13

「誰もいない海」を見たいと思った

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に出ると、思いがけないものに出会うことがある。「誰もいない海」を見たいと思った。そういう気分だった。地図を調べて、青森県下北半島の六ヶ所村より少し北の砂丘地帯に狙いをつけた。そして行ってみた。それは夏だった。確かに人はいない。絶対にいない。こんな寂しい北の海を見に来る奴なんて絶対にいない。と、確信した。が、瞬間に髪の長い少女があらわれた。一瞬目を疑った。でも、現実だった。向こうもこちらを意識して見ている。な〜んだ、自分と似たような考え持ってる奴もいるんだなと思った。そして仲良くなれたらいいなと思った。だけど二人の間には川があった。ちょっと広い川が。ここは思い切って飛び跳ねて、渡るしかあるまい。と、飛んだ瞬間足を捻挫した。そして気が付いたら、その少女はもういなかった。これ、本当の話。
はり「誰もいない海」なんてあるわけないと思いながら、尻屋崎についた。そして、その先のなんか鉄道の遮断機みたいなゲートをくぐって半島の先にでると見事に視界が開けて、かっこいい灯台と馬と広い芝生が見えた。その地に一つの碑が建っていた。その碑には、

あきらめの旅ではあった
磯のさきの
白い燈台に
日がさしていた

要吉

とあった。鳴海要吉の歌だった。それは、まさにその時の自分の気持ちを代弁してるかのようだった。自分で無くてもあそこへ行ったら、誰でもそう思うに違いない。思いがけない歌との出会いだった。

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2004.03.11

悲しいレモン水

売り娘を探そうとして
思いでの中を帰ろうとするたびに
僕は内なる階段を降りてゆく

エンドウの花が
風に揺れている夕暮れ
呼びもしないのに
やって来るまやかしの言葉に
酔ってしまった桃色の頬は
世界の確かさにその模様を広げる

僕は悲しいレモン水を
一気に飲み込んで
故郷の鉛の空に
たった一つの心を鳴らした

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2004.03.10

観念してしまった四月の花嫁に

月はギターだ
さらば路に降る樹木の涙よ
樹液に花嫁の観念をつけて
この爽やかな川を渡ろう

すでになくしてしまった言葉に
血の雨がささやく
そして花嫁の影は後ろ向きで
椿の花のようにぽつんと落ちてしまった

昨日の蒼空を
ペインティングナイフのように
引き裂く君の震える唇
桜の実が熟れる頃
歌うのをやめない魂の草むら

遠くにいってしまった
観念した花嫁よ
夕焼けに染まった雲雀のように
どこまでも
世界がそのままで綴じてしまわないように
鎖の花束をその高き蒼空に
投げつけてくれ
もうすでに失われようとしているその瞬間に

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2004.03.08

ぎっくり腰の効用

ミさんがぎっくり腰で倒れた。仕事も休んでいる。あ_またか。という感じで今度で何回目になるか。ぎっくり腰は癖になるらしい。3年から4年に1回の割合でなる。なのでさほど驚かない。申し訳ないが、こちらはその病にかかったことがないので同情するにもあまり感情がこもらない。いつものように、とにかく1週間おとなしく寝ていれば治ると思うのだが…。その間、こちらは食事を作ったり、洗い物をしたり、掃除、洗濯、風呂をわかしたり、布団を敷いたり、アイロンをかけたり、と結構忙しい。些事に追われ、しまいにはノイローゼになりそうだ。この時ばかりは、主婦の仕事の大変さをつくづくと味わう。特に3度の食事。朝は何にしようか? 昼は何にしようか? 晩は? 明日の朝は? なんて考えるのも嫌だ。だがお腹はすく。しょうがないので、智慧をしぼり、二つ覚えのカレーライスと野菜炒めの変奏曲。もうかなり飽きてきたのだが。う〜ん、この辺りでメニューを増やさないと…。今日の晩は何にしようかと、仕事している間に考える。あー悩ましい。と仕事にも影響が出そうだ。

けど、悪いことばかりかというとそうでもない。普段ゲームばっかりで、全然手伝った事がない息子が俄然やる気を出した。今日は朝6時に起きて、食事の手伝いをした。包丁なんてさわったこともなかったのに、初めて野菜を切った。そして初めて野菜を炒めて、食事を作って、自分で食べた。そして初めて自分で作って自分で食べたことに感激していた。やはり、教えるのが上手いせいかもしれない。な〜んちゃって。そして、寒い朝に洗濯物を乾かしてくれたり、寝ているカミさんに優しい言葉をかけたりと、目の色が普段と違って見える。こんな事ならカミさんに毎日、寝ていてもらった方がいいかも知れない。そういう意味では良いのだが、でももうそろそろ治ってくれないと、しんどいな_。頼むから早く治って ̄。そしてご飯作って ̄。掃除も、洗濯も、ゴミ出しも、よろしく ̄。

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2004.03.04

「食」ということでこんな詩を思いだす

たりーず・ふぁいる: 生きるということの痛み
という記事を読んで、こんな詩を思いだしました。

『くらし』  石垣りん

わずには生きてゆけない。
メシを
野菜を
肉を
空気を
光を
水を
親を
きょうだいを
師を
金もこころも
食わずには生きてこれなかった。
ふくれた腹をかかえ
口をぬぐえば
台所に散らばっている
にんじんのしっぽ
鳥の骨
父のはらわた
四十の日暮れ
私の目にはじめてあふれる獣の涙。

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2004.03.02

訳の解らないもの

「暗黒舞踏」もそうなんだけれども、訳の解らないものに惹かれる。その他には、アンリ、ルッソーの「眠れるジプシー」という絵も良く解らない。夜の砂漠にジプシーが寝ていて、そばにライオンがいるあの不思議な絵だ。解らないけども何故か惹かれる。解らないから勝手に解釈してみる。それは、まあそれは後日詳しく述べるとして。それから、マルク・シャガールの絵で、ベラと一緒に故郷の空を飛んでいる絵があるけれど、村を囲う柵の外で誰かがお尻を出して用を足そうとしている。あれが解らない。その他訳の分からないものは、いろんなところに、たくさん存在するわけであるが、特に路上に存在する訳の分からないものに惹かれた連中もいる。

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 赤瀬川原平や藤森照信、南伸坊、秋山祐徳太子などが「路上観察」といって路上に存在する役に立たないもの、意味不明なもの、あるは意味が喪失してしまったものを発見して楽しもう。というのをやっていた。「トマソン芸術」といって、何十年か前に巨人にやってきた役立たずの外人助っ人、トマソンの名前をとって名付けられた。やはり僕だけではなく、訳の解らないものに惹かれる人間は他にもいるのだ。そして、fairy*taleさんもまた訳の解らないものに惹かれる人間の一人であるに違いない。
 でもこの場合、何か作者の意図が感じられるようにも思われる。僕はこれに勝手にタイトルを付けてみた。「現代版埴輪」というのはどうだろう。あまりぱっとしないか! もっと素晴らしく面白い解釈もあるかもしれない。こうやって訳の分からないものに首を突っ込むのは、結構、面白い。

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2004.03.01

海岸線のドライブには元ちとせが似合う

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曜、日曜と久しぶりに家族3人で遠出をした。朝、車のエンジンをかけようとしたらかからない。はは_。ここのところあまりに乗ってなかったので、バッテリーがあがったのかなと思い、大至急、JAFに来てもらってエンジンをかけてもらった。とことが、原因はバッテリーではなくて、ギヤがしかるべきところにちゃんと入っていなかったためらしい。あ_またやってしまったかハヤトチリ。赤面。とにかく、故障ではなく、時間もそんなに遅くならないで出かけることが出来て良かった。
そんなこんなで、いつもは山なのだが今回は気分を変えて海へ。街の風景が途切れて、いきなり目の前に大きな海原が出現。息子が「おっー」と歓声を上げた。潮の香りが気持いい。気に入った石や貝殻拾いにしばらく夢中になる。そして凧を持ってこなかったことを後悔した。昼食後、近くの海浜公園で遊んでから、中生代白亜紀層が見られるれるという宿へ。元、国民宿舎だったらしい。夕食後、歩いて1分、灯台を見に行った。月や星が降るような空に灯台の光が定期的に回転する。静かな静かな旅の夜だった。
翌日、元ちとせの英語の曲(曲名はわからない)をBGMにして海岸線をドライブ。何故かこの曲はこんなドライブにあってるなと、そればっかしかけた。そして水族館へ寄って、イルカショーなどを見る。いつも口を開けている息子の顔がマンボウに似ているのを発見。そして無事帰宅。たまにはこんなのもいいかなと思った。

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