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2004.02.09

上手く言い当ててる言葉たち

syafu

までに、何年も不思議に思っていたことや、訳が分からなかったことの答えが、突然やってきて嬉しくなることがある。たとえば土方巽の「暗黒舞踏」。彼の舞踏を直接見たことはないが、彼の弟子だと名乗る人たちの「踊り」は何回か見たことがある。ほとんど全裸に近い身体に真っ白い粉を塗りたくって、凄い形相で踊るアレだ。「踊る」と言えるか言えないか、普通の踊りとは一見して違う。その踊り手と一瞬でも目が遭おうものなら、自分もなにかしらのリアクションを求められているのでないかと錯覚する鋭い眼差しを持っている。そんな目と出会ってしまったことがある。もう1秒でも長くその踊り手に見つめられていたら、きっと自分もその舞台に立っていたに違いない。とにかくその緊張感、迫力はその場にいた者にしか解らないだろう。
 が、しかしその意味するところが解らない。解らないが、なにか人間の中にあるどうしうようもない暗部、普通のありきたりな表現では語り尽くせない肉体の言語があるに違いない、ということだけは何となく解る。

つだったか、やはり土方巽に直接教えてもらったという人に、話を聞いたことがあった。「アレを理解する上手い例えがある」というのだ。こんなことを言っていいのかちょっと心配な部分はあるのだが、「たとえば身障者がたった1杯のコップの水を飲もうとするとき、そのコップに彼の手はまっすぐに伸びていかない。いけない。その手は思いとは裏腹に右に左に震えながら、ある時は上に下に戻ったり、彼の意思を裏切りながらも、最終的には目的のコップを何とか手にし、水を飲むんだ。というようなことを表現しているのだと」それで、僕は何もかもとはいわないが彼らの「踊り」の意味を理解した。素直に自分の意志を伝えるのがいかに難しいか。また、そんな世の中に棲んでいるんだということを身体をとおして語っているのだということを。

近、TVでまた彼の弟子と称する誰かが、土方の舞踏をほんのちょっとさわりだけ紹介していた。詳細は忘れたけど『左の耳から入ったなんとか虫が脳の何とかを通り抜けてなんとかからでるようす』みたいな「踊り」を踊った。それは実に繊細で、奇妙で美しく、微妙な動きで完結した。そして僕はニヤリとなった。ちょっとした誰かの2・3行の言葉や活字がそれを見事に言い当てていることがある。そんなことばに会うと愉快。愉快。
caffe2.gif

んとうは、もうひとつ例題を入れて話を膨らませたかったが。しかも「起承転結」になってないような気がするんだが。2作目としてはこんなもんか。
な〜んちゃって。

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