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2004.01.14

ふたつの「ミラボー橋」

今日はギヨーム・アポリネールの詩「ミラボー橋」を、
二人の訳で鑑賞したいと思う。
一人は堀口大学、
もう一人は長谷川晃の訳。
なぜ、そうするのかは秘密。
コメントは自由。


ミラボー橋

ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ
われらの恋が流れる
わたしは思い出す
悩みのあとには楽しみが来ると

日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る

手と手をつなぎ 顔と顔を向け合おう
こうしていると
二人の腕の橋の下を
疲れたまなざしの無窮の時が流れる

日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る

流れる水のように恋もまた死んでゆく
恋もまた死んでゆく
命ばかりが長く
希望ばかりが大きい

日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る

日が去り 月がゆき
過ぎた時も
昔の恋も 二度とまた帰ってこない
ミラボー橋の下をセーヌ川が流れる

日も暮れよ 鐘も鳴れ
月日は流れ わたしは残る

(堀口大学 訳)


ミラボー橋の下 セーヌは流れ
僕たちの恋もまた
思い出さねばならぬのか
苦しみの後にしか喜びが来ないことを

夜が来る 鐘が鳴る
日は過ぎ行き 私は残る
 
手と手をつなぎ 見詰め合う
そうしている間に
僕たちの腕の橋の下を
くたくたの波の永久の眼差しが流れてゆく

夜が来る 鐘が鳴る
日は過ぎ行き 私は残る

恋は過ぎゆく 流れる水のように
恋は過ぎゆく
人生はただ長く
希望はただむなしい

夜が来る 鐘が鳴る
日は過ぎ行き 私は残る

日は過ぎ去り 週も過ぎ去り
過ぎた時も
あの恋も戻りはしない
ミラボー橋の下 セーヌは流れる

夜が来る 鐘が鳴る
日は過ぎ行き 私は残る

(長谷川 晃 訳)

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コメント

「Le Pont Mirabeau」、私が原語で暗誦出来る数少ない詩のひとつだったりします。大学時代なんとなく覚えました。
もっとも今思い出そうとしたら、レオ・フェレのメロディをつけないと出て来なかったけど(汗)。薩摩忠さんの訳詞で岸洋子さんも歌ってましたな。

投稿: マージ | 2004.01.14 21:10

やはりご存じでしたか。しかも原語で。
さすがマージさん。
雀荘通いされてた頃のマージさんの学生時代が目に浮かぶようです。
自分は、外国語が苦手でした(日本語もろくにできない)。
この詩を知ったのは、半年前。
ある人のホームページでした。

恋のお相手がマリーローランサンであるということも、その時に知りました。
自分の場合はピカソの「洗濯船」に集まった、画家や詩人たちのイメージを思い浮かべます。そしてマージさんがよく言われる、「どうしようも無い事」を思い出します。


自分もそのシャンソンのCD探して聞いてみたいと思います。

レス、難しいです。

投稿: face | 2004.01.14 23:03

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