2008.07.25

ビートルズナンバーとアイリッシュとエミルー─円還の音楽

「ビートルズもアイルランド音楽の影響を受けている」となにかの本で読んだことがある。その曲がアメリカのミュージシャンが取り上げて歌い、そしてアイリッシュ・ミュージックの名手、フィドルのAly Bain(アリー・ベイン)、パイパーのディヴィ・スピラーン、ブズーキのドーナル・ラニーといった人たちが演奏する。なんだか音楽はもとへ戻って行くみたいだ。イギリス、スコットランド、アイルランドで生まれた古い民謡の元は、形を変え口伝えで時を越え、国を越え、そしてまた形を変え、生まれた国に帰っていくものなのだろう。それは永遠に円還するように思われる。著作権のない音楽は、時代の言葉や楽器を身にまとい、人間の生活という翼に乗って永遠の円還の旅を続ける。あんまり著作権がどうのこうの言う現代は、ビッグビジネスの幻想にやられちまってるのでは? 人類の価値を共有、つまりクリエイティブコモンズの考えに立った音楽がこれらの音楽ではないのだろうか?

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2008.07.23

MAY YOU NEVER BE ALONE 陰と陽 ハンク・ウィリアムス

エミルー・ハリスの歌ってるオリジナルはこちら。陰と陽、対照的です。

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2008.07.17

中国人が歌う『サリーガーデン』

この歌は、アイルランドの古い民謡を老婦人が歌うのを聴いて詩人W.B.イェイツが改作して有名になったらしい。『柳の庭にゆく道で 愛しい人に会いました 白い小さな足をたして…』と今では世界中で歌われているラブソング。中国の方の歌と演奏は珍しいし、捨てがたい。特にリュートの音色がなかなかいいですね。それにつけても思い出すのは、歌の成立過程だ。ピート・シーガーがロシアの作家ショーロホフの長編小説『静かなるドン』のコサックの民謡の部分を読みインスピレーションを受けて作った『花はどこへいった』。その後誰かが歌詞の4番を付け加え物語が円還するようにして、兵士の墓場に咲いた花が、また少女のもとへ帰っていく。そして世界的なヒットとなった。そんな話とどこか似てる気がする。つまり、知的財産を認める流れとは一線を画してるように思うのだ。

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2008.07.15

シンプルイズベスト、マウンテン・ダルシマーとエミルー・ハリスの歌

はじめてダルシマーを知ったのは70年代フォークブームの頃、リリィが演奏していた。独特のくびれた形が女性の体を連想させる。もう一つ、ハンマー・ダルシマーというのもあって、こちらは箱形で木琴の棒で弦を叩くもの、もとはイラン系の楽器で、アパラチのほうで使われているのが本流らしい。そんなシンプルな演奏で聴くエミルーは素晴らしい。日本において最近では、よしだよしこさんがこのダルシマーを使ってかっこいい歌を歌ってる。それはこちら。『道ばたでおぼえた唄』

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2008.07.10

ミュージシャンの指先とシンガーの喉元に宿るもの

回帰への衝動
フォークロア
そしてそれを求める放浪
文明への批判
ふたつの相容れない方向
同化と
アイデンティティ

自然の中に見いだす歓びは
ミュージシャンの指先と
シンガーの喉元に宿るもの
それは手法でありソウル
それぞれのソウルたち
正しいところへ回帰して
主要な脈動を感じよう
そして
クロイチゴの花の香とともに
永遠の一瞬を共有しよう

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2008.07.06

素晴らしいセッション、特に笛とフィドルと歌とブズーキ


後半の演奏者達の息はぴったりだ。気持の良いセッション。圧巻。ああ、自分もミュージシャンに生まれたかった。

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